技術
太陽電池
稲盛の先見性と情熱が色濃く表れた分野の一つに「太陽電池」があります。
1973年、第一次オイルショックが世界を襲い、化石燃料への依存の危うさが浮き彫りになる中、稲盛は「人類の永続的な発展には再生可能エネルギーが不可欠だ」と強い危機感を抱きました。そこで注目したのが、太陽光を直接電気に変換する「太陽電池」でした。
当時、シリコンを用いた太陽電池はまだ商用段階ではなく、ビジネスとして多くの課題がありました。しかし稲盛は、シリコンが地球上に豊富に存在し、将来的に低コスト化できる可能性が高いことに着目し、太陽電池事業への本格参入を決断します。政府も「サンシャイン計画」を打ち出し、再生可能エネルギー普及への機運が高まる中、稲盛のリーダーシップのもと、太陽電池開発が本格化しました。
最初に取り組んだのは、モービル・タイコ・ソーラーエナジー社から技術導入した「EFG法」によるシリコンリボン結晶製造でした。約5年にわたる開発の末、量産技術や変換効率で高い成果を上げましたが、EFG法には量産化の限界があることも判明します。稲盛はこの課題を直視し、1982年にドイツ・ワッカー社から導入した鋳造法による多結晶シリコン太陽電池への転換を決断しました。
この鋳造法は、シリコンを溶かしてインゴット(塊)を作り、これを薄くスライスしてウエハにし、太陽電池セルとする方法です。多結晶シリコン電池は単結晶に比べて発電効率はやや劣るものの、製造コストが大幅に下がり量産に最適でした。稲盛は、原料からモジュールまでの一貫生産体制を構築し、品質とコスト競争力の両立を目指しました。
写真:シリコンが太陽電池セルになるまで
その後も、「常に世界一を目指す」という信念のもと、結晶品質の向上や変換効率アップにつながるさまざまな革新的技術の開発が続けられました。その結果、1980年代には世界最高水準となる変換効率を実現し、2000年代以降も効率向上と低コスト化で業界をリードし続けました。
2013年からは、さらに高効率な単結晶太陽電池モジュールの生産にも着手し、稲盛の「人類と地球の未来のために」という理念は、確かな成果を生み出しました。エネルギーの未来を切り拓く太陽電池の歴史は、稲盛の「挑戦」と「信念」の歩みであると言えるでしょう。