Facebookアーカイブ
善の循環、愛の循環が事業を育てる -1992年10月20日 沖縄セルラー開業-

KDDIグループの沖縄セルラー電話株式会社は、1992年10月20日に沖縄県内での携帯電話事業サービスを開始しました。同社は県内の主要企業が出資して誕生した、沖縄の沖縄による沖縄のための通信事業者として、現在もシェアナンバーワンを維持し、サービスの向上に努めています。同社の設立は、「地元企業の経済支援のために」という稲盛の強い思いが実現したものでした。
1990年に本土と沖縄の経営者が集まり、沖縄の経済発展を促すための「沖縄懇話会」が設立され、稲盛にも参加の声がかかりました。かねてより稲盛は、琉球文化の独自性や、県民のすばらしい人柄に触れる中で、沖縄に深い関心を持っており、また鹿児島出身者として、薩摩藩が琉球王国に対して行った搾取と圧政の歴史を申し訳なく思う気持ちを抱いていました。懇話会で「沖縄の発展のため、自分は何をしてあげられるのだろうか」と考え、提案したのが、携帯電話事業を行うセルラー電話会社をあえて沖縄単独の会社として設立することでした。
沖縄は行政的にも九州圏の一部として、とらえることが一般的とされていました。そのため、全国に展開するセルラー電話会社においても沖縄は九州管轄下に入れる当初案がありました。しかし、稲盛はこれを変更することにしました。提案は地元経済界から大歓迎され、県を代表する企業をはじめ43社の出資を受け、沖縄セルラー電話株式会社が設立されました。
設立に当たっては、40%ほどの株式を地元沖縄で持ってもらう一方、役員人事は会長と役員1名だけをDDIから派遣し、社長以下はすべて沖縄の方に務めてもらうという方式をとりました。これには出資者、役員、社員たちがたいへん意気に感じ、まさに「我々の会社だ」という思いをもって事業に邁進することにつながりました。
結果、沖縄セルラーは創業以来快進撃を続け、県下ナンバーワンのシェアを誇っています。1997年には上場も果たし、2020年度は9期連続の増収増益、20期連続増配決め、30周年となる現在も順調に業績を推移させています。
稲盛は沖縄セルラー電話の成長を振り返り、著書の中で次のように述べています。
「美しく善き思いをベースとして、『会社をもっと大きくしていきたい』『事業をもっと広く展開していきたい』と懸命に努力すれば、必ず成長発展を遂げる。そればかりか、従業員、お客様、取引先、株主、また地域社会など、企業を取り巻くすべての存在と調和して、その繁栄を長く持続していくことができる。いわば、『善の循環、愛の循環』とでも言うべき、すばらしい潤いのある世界が、この沖縄セルラーに結実している」(『新版 敬天愛人 ゼロからの挑戦』PHP研究所刊)
写真:
1枚目:沖縄セルラー電話株式会社創立総会記者会見(1991年6月)
2枚目:沖縄セルラー電話の創立20周年記念として講演する稲盛(2011年6月)
3枚目:沖縄セルラー本社ビル