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稲盛和夫のエピソード -転居のお知らせ文書-

桜が舞い散り、新緑が芽吹く4月となりました。新しい環境での生活をスタートされた方も多いのではないでしょうか。この季節は、新たな出会いや別れ、そして新しい場所への引っ越しを連想させます。
さて、稲盛もまた、京都市内でいくつかの引っ越しを経験しています。
稲盛は京セラの創業以来、京都市左京区の鴨東荘、右京区の嵯峨広沢を経て伏見区に自宅を建て、そこを終生の家としたと考えられていました。最近発見された史料では嵯峨広沢のあとの数年間、桃山南口近辺に住んでいたことがわかりました。この引っ越しに際し、稲盛が京セラの社員たちへ宛てたお知らせの文書が発見されたのです。そこには、部下たちの訪問を心から歓迎する温かいメッセージが次のように綴られていました。
「滋賀工場の方々へ 休みの間又は其の后京都へ立ち寄られた時にはお遊びに来てください。来られるときには電話して下さい。留守の場合がありますので。仕事をはなれて談笑するのもまた楽しいと思います。 稲盛専ム」
文面に「専ム(専務)」と表記があることから、1965年前後に書かれた文書と思われます。多忙な中でも、部下たちに「ぜひ遊びに来てほしい」と誘い、電話番号まで記して気遣う稲盛の姿が目に浮かびます。この文面から、社員たちを単に従業員としてではなく、家族のように大切にする稲盛の「大家族主義」の思いが強く伝わってきます。仕事の枠を超えた人間的な絆を重視した稲盛らしいエピソードと言えるでしょう。
稲盛ライブラリーでは、他にも稲盛の人間的な魅力や経営哲学に触れることのできる資料を多数展示しております。ぜひ足をお運びください。
※滋賀工場:現 滋賀東近江工場第2ブロック
写真: 当時の稲盛(1964年)