エピソード
U字ケルシマ量産に成功(1955年)
松風工業に就職した稲盛が担当したのは、フォルステライト磁器の開発でした。
フォルステライトとは、当時需要が急増していたテレビのブラウン管に使う絶縁用部品「U字ケルシマ」の原料となるもので、欧米からの輸入に頼っていたU字ケルシマの製造に成功すれば松下電子工業から大量の注文が見込めることから、松風工業ではフォルステライト磁器の開発に乗り出していました。そこに稲盛が入社し、担当となりました。
まずは酸化物原料から合成してフォルステライト自体を製造することから始まり、次にそのフォルステライトを使ってのU字ケルシマの製造です。しかし、製品化するにあたっての最大の課題は、粉末成型にありました。
従来は原料に粘土と水を混ぜて成型していましたが、高周波絶縁用の部品では絶縁性を維持するために金属酸化物の微粉末(フォルステライト)だけで焼き固める必要がありました。
しかしフォルステライトは粉末にするとパサパサになり、圧力をかけただけではなかなか固まりません。最初は、従来通りのやり方で、粘土と水をつなぎ(成型助剤)として最低限の量を用いながら成型していました。その一方で、稲盛は不純物を含まないピュアな金属酸化物だけを焼結させて、高周波環境下での絶縁性能をより高めることができないかと、日々実験を繰り返しました。
ある日、稲盛は実験台の下にあったパラフィンワックスの塊につまずきました。「こんなところに置きっぱなしにするとはけしからん」と蹴とばそうとすると、ワックスが靴にヌルリとくっつきます。パラフィンワックスとは石油を精製した製品で、常温では固化し、熱を加えると溶けるという性質があり、ろうそくの原料としても使われています。
このワックスが靴にくっついたことに閃きを得て、フォルステライト粉末にパラフィンワックスを成型助剤として加えることを思いついたのです。
実際に両者を混合して加熱してみるとフォルステライト粉末の成型が容易にでき、焼成時には成型体からワックスがきれいに飛んで、不純物を含まないフォルステライトのセラミックスができるようになりました。また、従来の粘土のように水を必要としないので、水の蒸発による変形もなく、精度の高い複雑な形状のものをつくることができました。
こうして稲盛は、高周波環境の中でも高い絶縁性を発揮するフォルステライト製U字ケルシマの製造に成功し、自ら開発した材料が工業化されることで、技術者としてのやりがいと充実感を味わいました。ここでの開発・製造技術がベースとなり、のちに稲盛は京都セラミックを創業することになるのです。
