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稲盛に関するエピソード 唱歌「故郷(ふるさと)」

稲盛が出席するコンパでは、参加者全員で肩を組んで唱歌をしみじみとうたう場面がよく見られます。その際に最もうたわれるのが「故郷」です。「♪うさぎ おいし かのやま」で始まる哀愁を帯びた曲調。この歌が稲盛のスタンダードナンバーとなっていったのにはどのような過去があったのでしょうか。
「今でこそ私は、『心で思った通りに現象は現われる』と信じているのですが、社会人となったころは、やることなすことうまくいかず、とてもそのようには考えられませんでした。しかし、そんな苦しい中でも、私は明るさと希望だけは失いませんでした。これが今日の私をつくったと思います。
そのころ私は、床が抜けそうなオンボロの寮の二階に住んでいました。畳の表もなく、わらがぼうぼうとむき出しの六畳間でした。そこに七輪と鍋を持って来て、毎日自分で炊事をしていました。
会社での研究も、人間関係もうまくいかず、日が暮れると、寮の裏の桜並木が続く小川へ一人で出かけていきました。そして、小川のほとりに腰かけて、唱歌の「故郷(ふるさと)」をよく歌ったものでした。心の傷みが積もり積もって、どうにもならなかったのです。私は思いきり歌うことで、自分を元気づけていたのです。そして気分を一新して、次の日にはまた会社へ出かけて懸命に働きました。
悩みは、いつでも、誰にでも、どこにでもあります。しかし、そういう状況の中でも、気分転換を図り、明日への希望と明るさだけは失わないようにしなければなりません」
(『心を高める、経営を伸ばす』より)
写真: 社員たちと肩を組み、うたう稲盛(1983年)