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『稲盛和夫研究』創刊第1号の論文紹介②「稲盛哲学と〈誠実さ〉」

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紀要『稲盛和夫研究』創刊第1号から論文の内容についてシリーズでご紹介します。
第2回は、稲盛和夫研究会の経営哲学研究分科会座長を務める田中一弘教授(一橋大学大学院経営管理研究科)の論文「稲盛哲学と〈誠実さ〉――『正直』の観点から――」です。

稲盛はフィロソフィを説明する際に、そのベースにあるプリミティブな倫理観として、「正直であれ」「人を騙すな」「嘘を言うな」といった人間として守るべき基本的な教えを列挙することがよくあります。本論文では、「正直」という意味での「誠実さ」に着目し、主として機関誌『盛和塾』所収の塾長講話の内容分析を通じて、稲盛哲学における〈誠実さ〉の位置づけを確認するとともに、「企業経営における健全さと活力」との関係性を論じています。

真の〈誠実さ〉とは何かを理解する上で、重要な事例として論文の中で取り上げられているのが、先発大手メーカーでも断るような、客先からの引き合いに対して、その時点ではつくる能力を持ち合わせていなかったが、「できると思います」と言って注文を取ったエピソードです。

稲盛は後年、この注文取りのエピソードを振り返って、「できると言ったのはまったくの嘘なのです」と述べています。果たしてこれは、稲盛本人が守るべきだとしている「正直であれ」という意味での〈誠実さ〉に反することなのか。本論文は、そうではないと結論づけています。〈誠実さ〉には、過去・現在のことについて「虚言を為さない(嘘をつかない)」という意味と、未来のことについて「言を成す(約束を守る)」という意味の2つが含まれており、難しい注文を引き受け何としても実現しようとする強い意志は後者に属するものである。そして、経営の活力の源泉として、後者こそ積極的に推奨されるべきだとして、田中教授は次のように述べています。

「『正直としての誠実さ』は、何よりも経営の健全さの大黒柱である。それは基本的には『虚言を為さない』という意味での誠実さによる。しかしそれだけではない。強い意志や闘魂を伴う『言を成す』という意味での誠実さが、経営の活力の原動力となる。このような〈誠実さ〉という観点から昨今の経営を見たとき、『虚言を為さない』という健全さの土台としての〈誠実さ〉が偏重され、『言を成す』という活力の源泉としての〈誠実さ〉が忌避ないしは等閑視されているように思われる。行きすぎたコンプライアンス対応などに見られるように、『虚』をいたずらに排する(ことをあちこちから求められる)傾向が、虚を実にして『言を成す』という営みを萎縮させているのかもしれない。だからこそ、萎縮しないだけの〈勇気〉と〈誠実さ〉を備えた経営者が今日益々必要になっているとも言える」
(『稲盛和夫研究』第1号、32-33頁)

発 売:京都大学学術出版会(冊子版については、以下のサイトから購入可能です)
https://www.kyoto-up.or.jp/series.php?id=159
ISBN 978-4-8140-0417-1 / PRINT ISSN 2436-827X / ONLINE ISSN 2436-8261
※今回取り上げた論文の電子ジャーナル版については、J-STAGEにて閲覧可能です。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/inamori/1/1/1_19/_article/-char/ja