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「あの日あの時稲盛和夫」宮村久治氏(元中央監査法人 名誉所長)

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かつて稲盛が主宰していた経営者の塾「盛和塾」では、塾生向けに機関誌『盛和塾』を発刊していました。
その中に「あの日あの時稲盛和夫氏」というコーナーがあり、稲盛とゆかりのある方にご登場いただいて、その方の知る稲盛和夫を語っていただいていました。今月からは、その内容を一部抜粋にてご紹介します。
一回目は、宮村久治氏です。


宮村久治先生と稲盛との出会いは、50年ほど前にさかのぼります。京セラが上場(1971年)を見据えていた頃、銀行からの紹介で監査役をお願いしたのが宮村先生でした。しかしなかなか一筋縄ではいかなかったようです。

監査役を依頼する稲盛に対し宮村先生は、「そう単純に引き受けるわけにはいかない」から始まり、決算時の意見をするが素直に聞くかどうか、経営が苦しくなると粉飾まがいの依頼をする経営者がよくいるが、あなたはどうなのか、など厳しい質問をされました。
それに対し稲盛は、「人間として正しいことを正しいままに貫くのが信条であり、不正をするつもりは毛頭ない」と答え、「先生に従って正しいことを貫いていく」という言葉にようやく監査役を引きうけていただいたのでした。

稲盛は、宮村先生の第一印象を「想像以上に気難しいおじさん」と振り返り、「理屈っぽい人で、ことあるごとに激突をしていた」と言いながらも、徹底して公明正大に監査をしている先生の姿勢に強く惹かれ、経営のみならず時局や人生を語り、親友といえる間柄となったのでした。

一方宮村先生は、稲盛をどのように見ておられたのでしょうか。
機関誌『盛和塾』によると、稲盛は人間としての在り方、生き方、経営のいかなることも本質的に考えるところがあると述べられています。そのひとつ、経営については以下のように書かれています。

「私は、稲盛さんほどシステム思考ができる人はほかにいない、と痛感しました。もともとが技術屋さんですから、ものすごく深く掘り下げてものごとを考えられます。そういう思考能力は実に優れています。ところが、そういう人は、えてして経営を任せると全然駄目なことが多いのですが、稲盛さんは経営でも原理原則に立っておられ、それを実行されてきました。その典型的な例が、アメーバシステムです。(略)

これは一つのシステム思考なんですが、その前提になる経営哲学がしっかりしていないと、あまり効果をあげることはできません。(略)アメーバシステムは、経営者一人ひとりの心がいちばん仕事に反映する仕組みであり、個と全体の関係の特徴を明確に把握できるシステムなのです。それだから、何のために仕事をするかということがよく理解されていないと、あまり意味のないことになりかねません。

ご本人はよく「経理のことは分からなかった」と言われますが、それは当初は本当だったと思います。しかし、しっかりした思考力で、真剣に見て、自分が理解できるまで質問して考えられるから、よくお分かりになるのです。いや、分かるというより、本質をつかまれるのです」
(機関誌『盛和塾』8号 1994年1月発刊)
写真:機関誌『盛和塾』8号