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寄稿⑦ 「'80年代を乗り切る技術・経営戦略」(『DIAMOND ハーバード・ビジネス』1979年8月号)

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「多角化経営の基礎の確立」を経営方針として掲げ、電卓メーカーのトライデント社、音響通信機器メーカーのサイバネット工業を京セラグループに加えて機器事業に参入した1979年。稲盛は『DIAMOND ハーバード・ビジネス』(現『Diamondハーバード・ビジネス・レビュー』)8月号の巻頭に「'80年代を乗り切る技術・経営戦略」と題して寄稿し、不確実な時代に自社の強みを生かし、企業の針路を誤ることなく策定していくには、「原理原則に基づいた意思決定」が必要であるとして、次のように述べています。

戦略の基本は"己を知り 敵を知る"ことにあるという。自社の持つ経営資源、その強さと弱さを認識する、これが戦略策定の第1ステップである。自社の強さといわれているものは本当に強いのかなど、あらゆる角度から照らしてみて、強さの本質を把握し、さらにそれを研ぎ澄ましていく――こうした基本となるステップを押さえておかないと、それ以降どのようなビジネス展開を図っても、しょせん砂上の楼閣でしかない。

掘り下げて分析し、その本質を把握するというプロセスは、何も自社の強さを知るためにだけ必要とされるものではない。様々な局面における意思決定の際に、必ず経なければならないプロセスである。世間の常識と言われるものをそのまま受け入れ、それを頼りに意思決定するのではなく、まず本質まで掘り下げてとらえ、そこから判断していくという思考パターンが身についていれば、誤った意思決定を下す確率は極めて低くなる。

こうした、いわば原理原則に基づいた意思決定は極めて地味で、その歩みも遅く見えるかもしれない。しかし今日のような環境激変期に企業の針路を過たず策定していくには、こうしたアプローチしかないと思う。

昨年、盛んに言われた言葉に"不確実性"がある。しかし「現代は不確実性の時代である」という主張をそのままうのみにせず、自己を取り巻く環境の本質をつかむべく努力すれば、確実な何かが見えてくるはずである。確実な何かをつかもうとする努力を放棄したところには、発展も革新も生まれない。いつの世にも不確実性は存在する。しかし、それを乗り越えるべく努力し続けた者にのみ、発展と成功が約束されている、といえるのではないだろうか。(中略)

社長、会長が存在するのは、その人間が意思決定を行なうためである。ワンマン経営という言葉は、否定的なニュアンスを込めて使われることが多いが、その人間が経営者としての資質を備え、正しい意思決定を貫いているのであれば、何も非難されることはないと思う。自分の人間性を企業に反映させられぬトップより、ワンマンではあっても、その人の人生観が色濃くにじみ出た経営を実践しているほうが、経営者としての責務を全うしているのだと思う。

私も経営者の座にある以上、その責務を全うし、全社員の物心両面における幸福の根拠である企業の繁栄のために一層尽くしていきたい。そして京セラという集団は今後とも、質の追求と量の拡大という対立する命題に挑戦しつつ、柔軟な組織構造、発想を合わせ持つ新たな大企業の形態を模索し続けていくつもりである。