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トランジスタと稲盛

230629

6月30日はトランジスタの日です。1948年のこの日、アメリカで電子部品のトランジスタが世の中に発表されました。トランジスタは京セラが事業を大きく伸ばす契機となった、稲盛にとって思い出深い製品の一つです。

昭和30年代末、稲盛はトランジスタの発明者の一人であるウィリアム・ショックレー博士が設立したフェアチャイルド社から、トランジスタに使われる基板(京セラでは「トランジスタビーズ」「トランジスタヘッダー」などと呼ばれた)を受注し、大量に生産します。このトランジスタ用基板は、京セラの一時代を支える代表的製品となりました。

さらに、そのフェアチャイルド社には、後に「半導体の父」と言われることになったロバート・ノイス博士がトランジスタの技術者として勤務していました。トランジスタを中心としたフェアチャイルド社とのビジネスの中で稲盛はノイス博士との交流を深め、後にノイス博士がフェアチャイルド社から独立してインテル社を設立して以降は、同社の生産するIC向けにICを保護する容器であるICパッケージを大量に供給し、インテル社の事業成長を支えるとともに、日米の多くの半導体メーカーにパッケージを供給することで世界の半導体産業の発展にも大きく貢献しました。

ノイス博士が京都に来られたときには、音楽好きな博士のために日本土産として筝(こと)を贈り、博士は大変喜ばれて長く自宅に置いて演奏を楽しまれたと言います。稲盛とノイス博士との絆が、その後の京セラとインテル社との大きな発展の原点となっているのです。

真空管からトランジスタ、さらにはICへという半導体技術の発展とともに京セラは成長し、その産業としての発展を基板やパッケージの分野から支え続けてきたのです。