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稲盛和夫のエピソード 胃ガンの告知(1997年6月)

240613

1997年619日、は胃ガンを告知されました。その日は、岡山での盛和塾例会への参加を予定していました。普通ならショックを受け、とても勉強会で話をしたり、懇親会で親しく語り合ったりなどできるはずがありません。ところが稲盛は、特段動揺することもなく、予定通り岡山に出発し、盛和塾に参加しています。

そのときの心境を書籍『人生と経営』(致知出版社刊)で次のように語っています。

「(略)医師が突然訪ねてこられ、検査結果を告げられた。『胃ガンが見つかりました。早急に手術をすべきです』
当日は、岡山で、私がボランティアで経営指導をしている、盛和塾の例会が予定されている。私は、その足で岡山に出向き、例会を終えたあと、夜遅く新幹線で京都に戻った。道中は、東京方面に帰る塾生たちから経営について相談を受けたので、京都に着くまでずっと彼らと話をしていた。
深夜になってようやく帰宅して、改めて胃ガンについて考えてみたが、心の乱れが少しもない自分を見出して、安心して眠ることができたように思う」

「振り返ってみると、胃ガンを告知されてから手術をするまでの間、平常心を保ち、日常と変わらない生活を送ることができた。そのため、いくらか自分も人間ができてきたと考えて手術に臨むことができたように思う。手術も全身麻酔だったから、いつのまにか終わってしまい、別段どうということはなかった」


自分も驚くくらい平静でいられたのも、稲盛は魂の存在を信じ、肉体が滅びても魂が生き続けるという確信があったからでしょう。また、その不滅の魂を、現世で磨き続けてきたという自覚があったからなのでしょう。稲盛はこの年、さらに心を高めるため得度を果たすとともに、その後四半世紀にわたる生涯において、KDDI誕生や日本航空再生に尽力しています。

2022年8月、「思い残すことは?」と問われ、「何もない」と静かに答えたと言います。それは、ガン宣告以降、さらに魂を磨き上げ、素晴らしい人生を送ってきたという自負があったからに違いありません。

写真:告知後もいつもと変わらず仕事をしていた稲盛(1997630)