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社員が語るエピソード 「稲盛名誉会長との思い出」特別編3
8月より「特別編」として、稲盛と最も長い接点をもつ、京セラ元会長 伊藤謙介の稲盛追悼エッセイを転載しています。
本エッセイは、2022年9月から12月まで月1回、京都新聞に掲載されたもので、経営者の「涙」「魂」「愛」「志」と題され、伊藤しか知り得ないエピソードが語られています。
第3回の今回は、「愛」です。
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「経営者の愛」 京セラ株式会社 元会長 伊藤 謙介
先日、「稲盛の靴音が聞こえるだけで震えた」と京セラ幹部が語っていたという記事を目にした。決してそのようなことはない。恐らくその幹部に会社の理念に反したり、人間として誤った言動があったりしたに違いない。稲盛が厳しく接したとしても当然である。巷間(こうかん)、稲盛の峻厳(しゅんげん)冷徹な面だけが強調して語られる節がある。しかし稲盛の本質は、他者への思いやりに満ちた「やさしさ」であり、その相反する資質が矛盾することなく、一個の人格の中で機能していたように思う。
稲盛の「やさしさ」について述べたい。
創業まもない頃、稲盛はどんなに忙しくても、現場に足を運んだ。滋賀県に生産拠点をつくった後も変わることはなかった。足しげく工場に通い、現場の隅々まで訪ね歩き、懸命に働く社員たちをねぎらった。一人一人に声をかけ、握手を交わし、肩をたたいて励ます。稲盛の激励を受けた社員の頬が一気に紅潮し、やる気がみなぎっていったことを思い出す。
稲盛は創業後10年ほど、全ての部署の忘年会に出席していた。職場ごとに数十人程度の社員が稲盛を囲む。歓談の時間ともなれば、稲盛はすぐさまビール瓶を片手に席を立つ。一人一人の社員の前に移動し、「〇〇君、ご苦労さま。よく頑張ってくれています」と声をかけ、ビールをつぐ。
そんな時、稲盛はいつも正座であった。真っすぐな稲盛の思いが伝わり、いやが応でも士気は高まった。
社員からの返杯も必ず受けていた。出席者全員と杯を交わした結果、稲盛はいつも酩酊した。だが翌日も変わらず勤務し、体調が悪かろうが連日開催される忘年会の全てに出席した。そして正座し、一人一人の社員の苦労をねぎらい、謝意を示すことを忘れなかった。
社員への愛情がなせる行動であった。この稲盛のあふれるような「やさしさ」が、創立まもない会社の中に息づき、化学変化を起こしていった。社員への限りない愛情からほとばしる熱量が社員の心に転移し、社員一人一人が熱くなり、組織が一つになり、会社が強くなっていった。
随分前に聞いた稲盛の話が、今も私の心に残る。
2社購買をしていたお客様が、京セラと競合社双方の工場を見学された。「製造設備はほとんど変わりないのに、京セラの競争力が圧倒的なのはなぜか」と問われたとき、稲盛は「眼に見えない組織の力の差です」と答えたという。
この組織力の差を生み出した原動力が、経営者が社員へ注ぐ愛情である。
経営者、リーダーは、自己犠牲を払ってでも、その力を組織に注入し続けなければならない。企業の理念も同様であろう。従業員の幸福の実現をうたうものでなければならない。根底にあるのは全て、社員への深い愛である。
組織の底を流れる地下水脈、あるいは遺伝子のようなものに自らへの愛情が感じられればこそ、社員は動機づけられ、組織が活性化していく。稲盛の薫陶を受けた企業は数多い。今後も社員への愛情に基づく経営者の「やさしさ」がそれぞれの組織の血流となって目には見えない力を呼び起こし、さらなる成長発展へと導いていくことであろう。
写真:
京セラ社内の懇親会で社員に語り、励ます稲盛
晩年は自身がテーブルを回ることは少なくなったものの、一人ひとりに真剣に向き合う稲盛の周りには、いつも多くの社員が集まっていた。