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電卓用部品と多角化の端緒

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3月20日は「電卓の日」。実は電卓は、稲盛や京セラにとって縁が深いだけでなく、京セラの多角化を推進するきっかけをつくった製品でもあります。

電卓が開発された当初、数字表示部分には「蛍光表示管」が使用されており、その基板にはセラミックスが用いられていました。最初は1桁ごとに1枚の基板が必要な「単管表示管」が主流でしたが、京セラはその後、桁数分を1枚の基板でカバーできる「多桁表示管基板」を開発。この革新的な基板によって、1960年代後半から1970年代中頃にかけて、京セラは多桁表示管基板で国内トップメーカーとなり、多桁表示管基板は最盛期には、京セラの月間生産高の約1/3にあたる10億円を占め、いわば大黒柱といえる製品となりました。

ところが、電卓価格の下落により、セラミックスの基板はより安価なガラス基板へ置き換えられ、1976年前半には月10億円あった注文が、わずか34カ月後には1%未満に激減してしまったのです。

電子工業界における技術革新の速さと厳しさを目の当たりにした稲盛は、いかに好調な製品であっても、ごく一部の製品に依存することのリスクを痛感します。そこで、事業の柱をできるだけ多く持つ多角化を、より強力に推進することを決意しました。そこから、セラミックコンデンサや厚膜製品などの電子部品群や、腕時計用の基板、切削工具、再結晶宝石、太陽電池などの製品が、次々と生まれていったのです。

稲盛が多角化の象徴として思い描いたのは、沖縄や鹿児島島部に生息するガジュマルの木でした。ガジュマルは、枝から複数の根(気根)が地面に垂れ下がって成長し、あたかも多くの根が一つの木を支えているように見えます。この姿を、複数の事業(気根)が京セラという木を支える理想像とし、強い思いで多角化に取り組んでいきました。

写真
1:多桁表示管用基板
2:初期の東芝製卓上電子計算機(京セラファインセラミック館展示品)
3:ガジュマルの木

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