Solar Energy by Kyocera 太陽光と京セラ 太陽光の恵みを未来のエネルギー源に・・・。京セラはいちはやく太陽光発電の可能性に着目し、着実に実績を重ねています。

京セラと「太陽光発電システム」

京セラは、第一次オイルショックを機に、資源の乏しい日本には、来るべき将来のエネルギー源となる太陽光発電の技術が必要であるという信念から、早くからこの分野の研究開発に着手しました。そしてその後の社会情勢の変化にも揺らぐことなく、地道に事業活動を続けてきました。以来30年以上にわたり、京セラは、太陽電池を世界中に供給してきました。出荷累計約1.6GW※以上になる京セラの太陽電池は、いつも世界のどこかで稼動しており、累計約110万トンの二酸化炭素削減に寄与しています。初期の頃に開発、設置した太陽電池も、稼動を続けており、当社多結晶シリコン太陽電池の長期的な信頼性を証明しています。

※ 1GW=1,000MW

写真:イメージ画像

  • 1975年〜1981年
  • 1982年〜1986年
  • 1987年〜1995年
  • 1996年〜現在

1975〜1981年

写真:1975年イメージ画像

1975年
太陽電池の研究・開発をスタート

京セラは、まずリボン状のサファイア基板を引き上げる技術を応用し、「シリコンリボン結晶太陽電池」の開発に着手しました。当時、太陽電池は1ワットあたり2〜3万円(一般住宅用システムの場合、1戸分1億円前後、現在の50倍以上)。広く一般に使用いただくのは、夢のまた夢。劇的なコスト削減の実現が是が非でも必要な草創期でした。

その頃・・・第一次オイルショック
1973年の第一次オイルショックにより、物価が高騰。トイレットペーパーの買いだめ騒動も。1974年には、日本は戦後初のマイナス成長を記録し、高度成長期が終わりました。当時の通産省指導のもと、日本の長期的・総合的な新エネルギー技術研究開発を進める「サンシャイン計画」がスタート。「省エネ」という言葉が一般化したのもこの頃。

写真:1979年イメージ画像

1979年
製品出荷開始

南米ペルーの海抜約4,000メートルの山中に設置する、マイクロウェーブ通信中継機器用電源として太陽電池が採用されました。京セラにとっては記念すべき最初の大型太陽光発電システムとなりました。

その頃・・・第ニ次オイルショック
1978年のイラン革命で原油が高騰し、第二次オイルショックに見舞われました。

写真:1980年イメージ画像

1980年
滋賀八日市工場で本格始動

第二次オイルショックが起こるも石油需給が緩和し、代替エネルギーとしての太陽電池は社会的にも関心が薄れましたが、京セラのこの事業にかける思いに揺るぎはなく、事業拡大のために八日市工場を開設しました。そして、太陽電池とその応用製品、および太陽熱利用システムの研究・開発・製造を本格的に開始。太陽エネルギー総合メーカーとして歩み始めました。

その頃・・・NEDO設立
太陽電池システム開発・普及に向け「新エネ財団(NEF)」が設立され、「新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)」がスタートしました。「代エネ法(石油代替エネルギーの開発および導入促進に関する法律)」制定。

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1982〜1986年

写真:1982年イメージ画像

1982年
多結晶シリコンキャスト法での太陽電池量産開始

シリコンリボン結晶太陽電池よりも生産性や変換効率にすぐれ、コスト面でも将来性があると確信し、京セラは「多結晶シリコン太陽電池」の本格的な研究・開発に着手しました。この年に海外事業部を設立し、翌年にはアメリカ、ヨーロッパへの出荷を開始するなど、いち早く世界に視野を広げて事業を拡大しました。

写真:1984年イメージ画像

1984年
ソーラーエネルギーセンター設立(千葉県佐倉市)

太陽光発電システムの研究開発と啓蒙の拠点として佐倉ソーラーエネルギーセンターを設立。成田空港に近く、各国の要人に積極的に太陽電池を見学してもらい、各種システムを提案・紹介するなど、世界に向けて太陽光発電の重要性を印象づけました。

写真:1986年イメージ画像

1986年
世界に先駆けて独自の鋳造装置で
多結晶シリコン太陽電池の量産開始

シリコン基板の研究・開発を進めていた京セラは、独自に鋳造装置を設計し、世界で初めて鋳造法による多結晶基板を用いた太陽電池の量産を開始しました。その結果、太陽電池モジュールも1Wあたり1000円程度まで大幅コストダウンを実現。京セラが量産に成功した鋳造法による多結晶太陽電池はいま世界の主流としてもっとも普及しています。

その頃・・・オゾン層保護のためのウィーン条約締結
1985年、オゾン層保護のための国際的な対策の枠組みを定めた条約が締結され、1987年にはオゾン層を破壊するおそれのある特定フロンなどの物質を指定し、製造、消費、貿易を規制するモントリオール議定書が採択されました。地球温暖化を招くオゾン層破壊に対する世界的な関心が高まりました。

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1987〜1995年

写真:1987年イメージ画像

1987年
世界最高変換効率達成(15.1%)

京セラは、10cm角の多結晶シリコン太陽電池セルで、当時の世界最高効率15.1%を達成。以降、つねに量産化レベルでの世界最高変換効率の記録更新を続けています。

その頃・・・JPEA設立
1987年、本格的な普及促進を図るために、産・官・学が一堂に会して情報交換を行う場の必要性を京セラから提唱し、「太陽光発電懇話会(JPEA:現・一般社団法人太陽光発電協会)」が設立されました。

写真:1991年イメージ画像

1991年
国内初の系統連系システム

北海道北見市に国内初の系統連系システムを納入。系統連系とは、発電設備を電力会社の送電または配電線に接続して運用することで、太陽光発電システムを電力会社の送電網に繋げる形態です。これは、発電余剰分の電力を売り、不足分の電力を買うしくみの実現であり、京セラのこのシステム納入が、のちに迎える住宅用太陽光発電システムの一大市場形成の礎となったのです。

その頃・・・地球サミット開催
1992年、国際環境開発会議(通称:地球サミット)がブラジルのリオ・デ・ジャネイロで開催され、世界172カ国の代表が参加。のべ4万人を超える人々が集う国際連合史上最大規模の会議となりました。持続可能な開発に向け、地球規模での新たなパートナーシップを築こうとする「リオ宣言」、具体的行動計画である「アジェンダ21」が合意され、地球規模で環境保全に取り組むスタートラインとなりました。

写真:1993年イメージ画像

1993年
業界初の住宅用太陽光発電システム発売

個人の最大の電力消費地は、それぞれの家庭です。電力が使われる場所で電力を創ること、それは事業開始時からの夢でした。一般家庭で消費される電力の一部を創り出す住宅用太陽光発電システムは、京セラが業界に先駆けて発売しました。太陽光発電の日本の住宅への導入は2009年末で約59万軒にのぼり、増加を続けています。

その頃・・・ニューサンシャイン計画
サンシャイン計画、ムーンライト計画、地球環境技術開発を一体化した「ニューサンシャイン計画」が始動。エネルギー・環境問題の同時解決をめざした取り組みのスタートです。1994年、「新エネルギー導入大綱」を閣議決定。「住宅用太陽光発電システムモニター事業」が開始され、一般に向けた太陽電池の普及促進が本格的に始まりました。

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1996年〜現在

写真:1996年イメージ画像

1996年
国内販売子会社・
京セラソーラーコーポレーション設立

太陽光発電が一般的なものとして大量普及していく時代に備え、顧客満足実現のため地域に根ざした販売・施工・サービスの一貫体制を構築しました。メーカーでありながら、顧客の声が聞こえる市場に片足を置き、長く人々の満足に応え続けられるよう品質を約束するのが、京セラの姿勢です。

その頃・・・地球温暖化防止京都会議
1997年、地球温暖化防止京都会議(COP3)で「京都議定書」を議決。「CO2削減」を共通のテーマとする土台ができました。1999年、「改正省エネ法」施行。日本の太陽電池生産量が世界トップに。

写真:1998年イメージ画像

1998年
太陽電池生産量世界No.1

この年、214kWの太陽光発電システムを屋上と側面に設置した先進的なエコロジー本社ビルが完成。

写真:2003年イメージ画像

2003年
「京セラ(天津)太陽エネルギー有限公司」設立

日本企業では初めて、中国に太陽電池モジュールの製造拠点を設立しました。

写真:2005年イメージ画像

2005年
「京セラソーラーヨーロッパ・チェコ工場」開工

欧州市場での需要の高まりを予測し、主に欧州市場向けの太陽電池モジュールの製造拠点としてチェコ工場を開工。これにより、中国天津工場、メキシコ工場、日本の三重伊勢工場とあわせ、世界の四大市場である日本・中国・アメリカ・欧州すべてに工場を配し、太陽電池モジュール製造・供給の「世界4極体制」を確立しました。

その頃・・・愛・地球博 開催
愛知県で開催された2005年日本国際展覧会には、121カ国4国際機関が参加。”自然の叡智”をテーマとしたこの万博は「愛・地球博」と呼ばれ、会期中の185日間に2200万人が来場、地球環境に配慮し思いをはせる博覧会として記憶されるものとなりました。

写真:2007年イメージ画像

2007年
シリコン原料確保と
世界4極生産の増強計画発表

世界の太陽電池市場の成長と需要拡大を捉えた京セラは、シリコン原料の逼迫情勢を見極めていち早く確保に動き、2010年度の太陽電池生産量を2006年の約3倍の500MWに引き上げる具体的な計画を発表しました。

その頃・・・日本から「美しい50」提案
2007年、ドイツ・ハイリゲンダムでG8サミットが開催され、地球温暖化問題について世界の温室効果ガス排出量を2050年までに半減させることが合意されました。日本から提案された低炭素社会づくりの長期ビジョン「美しい星50」がその素地となり、京都議定書の目標達成を確実にしていこうとする機運が高まりました。

写真:2007年イメージ画像

2007年
スペインに「超大規模太陽光発電施設」完成

太陽の国スペインで、総面積約36ヘクタールにおよぶ敷地に13.8MWの太陽光発電施設が完成。一般住宅約5000戸分の発電電力量をまかなえる超大規模太陽光発電施設「プランタ・ソーラー・デ・サラマンカ」には約7万枚もの京セラ製高効率太陽電池モジュールが設置されています。建造物の壁面や屋根を利用した補助電源システムではなく、施設そのものが太陽電池のエネルギーステーション。クリーンエネルギーを生み出す次世代型発電所です。

その頃・・・G8洞爺湖サミット
2008年7月、北海道洞爺湖で、地球上の人類が直面している課題「地球温暖化」についての議論が主要テーマとなったG8洞爺湖サミットが開催されました。

写真:2009年イメージ画像(c)トヨタ自動車株式会社
2009

2009年
トヨタ・プリウスに
太陽電池モジュールをオプション搭載

トヨタ自動車様のハイブリッドカー“プリウス”の「ソーラーベンチレーションシステム」(オプション)に、京セラの太陽電池モジュールが採用されました。このシステムは駐車中に太陽電池で発電した電力でファンを駆動、車内を換気し、温度上昇を抑えることができます。

写真:2010年イメージ画像

2010年
国内京セラグループ最大規模の滋賀野洲工場稼動

京セラグループの国内拠点で最大規模となる新工場棟が完成、稼動をはじめました。この工場は、滋賀八日市工場と同じく、高い要素技術を保有する太陽電池セルの第2の生産拠点です。量産レベルの多結晶シリコン型では最高クラスの高効率セルを生産するとともに、新型太陽電池セルなどの研究開発も行います。

写真:2010年イメージ画像

2010年
今後の太陽電池市場を見据え、さらなる増産へ

現在、太陽電池の需要は世界的に拡大を続けています。京セラでは、この需要の伸びに高品質、高性能な太陽電池で安定的にお応えするため、2011年度の年間生産量を800MW、2012年度には1GW(1000MW)まで拡大する体制をととのえています。

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京セラ太陽光発電関連サイト

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