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心。人生を意のままにする力

『心。』(サンマーク出版)から、稲盛の言葉をご紹介いたします。
<稲盛の言葉>
私は勤めていた碍子の会社を辞めて、私を信じてついてきてくれた七人の仲間とともに新会社――京セラを設立することになりますが、その経緯を私は当時、父への手紙の中に詳しく書きつづっていました。
実は私も忘れていたのですが、両親が大切に保管してくれていて、亡くなった後に形見分けとしてもらったのです。
その手紙には、勤めていた当時の会社の経営が徐々に厳しくなり、大量の整理解雇をする状況であること、私が率いている課を除いては利益を上げる部署がなく、会社を立て直す妙案もないこと、問題が山積しているのに何もしない社長や部長クラスに、私がハッパをかけたことなどが記されています。
当時、私は入社して四年目で課長となり、率いている課は大きく発展していましたが、それをおもしろく思わない輩が、私の課で行ってきた研究を自分たちが受け継ぐといってきたのです。私はおおいに反発し、辞表を叩きつけました。
読み返してみると、当時の切迫した様子を思い出します。
「彼等は自分達の今迄の仕事は全てだめにして今度は小生のもの迄取り、かつ試作だけにして命とも思ふ研究をさせないとは、何と云ふ事だと思い(中略)道義心のない連中に研究すべてを取られるのなら何をもって今日迄頑張って来たのか意味がありません」
そして、「断然反対をして、その意見が通らないので、ここ迄して来た仕事を部下を〝ジリ貧〟に追込むのを見るのはしのびないからと云って辞表を提出しました」とあります。
私が辞表を出すと、社長以下幹部の人たちから、「君が辞めると会社がつぶれてしまうから考え直してくれ」といって懇願され、給料を上げてやるから残ってくれともいわれました。その申し出に対して私は、給料を上げてもらって辞表を撤回したら信念がすたるといって断りました。
また、新会社(京セラ)設立の準備を進めていること、当時の会社で同じ課にいた、いまの妻との結婚を早めることなど、めまぐるしく私の人生が変化していたころのことが書かれており、最後はこんな言葉で締めくくってあります。
「和夫のする事です。かならずなしとげます。御心配なく安心しておって下さい。二~三年先には立派になります。それ迄のしんぼうです」
不器用なほどまでに正しいことを貫くのが、若いころからの私の性分でした。そして正しいことを貫いている自負があるからこそ、かならずやうまくいくという揺るぎなき信念もまた、もつことができた。
私はそのように、自分が信じた道をひたすらに進んでいくことしかできなかったのです。(P143-146に掲載)