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稲盛和夫、かく語りき

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『稲盛和夫、かく語りき』(日経BP)から、稲盛の言葉をご紹介いたします。

<稲盛の言葉>
――企業のあり方がこの数年大きく変化した要因として、株主の重みが格段に増したことが挙げられます。株主資本を効率よく使っているか、配当がいくらかとか。こうした考えと稲盛さんが唱える経営者の倫理とは綱引きがあると思うんですが。

稲盛:
企業を見る目、そして企業を測る尺度は時代とともに少しずつ変わっています。私は企業経営する上で、その流れに合わせていくことを非常に問題だと感じています。
資本主義社会では企業は株主の所有物、と言われています。ただ、すべての株主とは言いませんが、投資家は昨今投機的な見方をしがちです。以前は会社の収益性を見る場合、PER(株価収益率)が多く用いられましたが、最近はROE(株主資本利益率)で見たり、短期で投資した場合にどう見るか、などで評価する傾向にあります。

当社は中小零細で始まった企業でもあり、第一に株主に貢献しようとは言っていません。従業員の物心両面の幸せを実現し、社会への貢献を果たす、ということを企業の目的に掲げています。これはニューヨーク証券取引所へ上場した後も変えていません。従業員が物心両面で充実し、一生懸命働く。それがとりもなおさず、株主にもプラスになって返ってくると思っています。株主のために従業員が苦しんでいたのでは、長い目で見て長続きしないわけで、それでは本末転倒でしょう。

私は経営安定のため、かねて現金、内部留保を重視する「キャッシュフロー経営」をうたい、世間でも広まりましたが、最近ではちょっと逸脱してきた感じですね。例えば、ROEで見ると、内部留保が大きい分、京セラの評価は低くなる。内部留保を少なくして、ぎりぎりまで投資に回したほうが資本を最大限有効に使っている、と投資家は言うわけです。確かにその瞬間では見た目はいいかもしれません。ですが、経営の安定性からは逆行します。企業は永遠に発展していかなければならんと言われていながら、投資家は企業の永続性より瞬間的に良くすることを求めているわけです。これはおかしいではないかと。

たとえ、それが世間の風潮であってもそんなばかな話はない。若い証券会社の人たちが、いろいろな尺度で都合のいい解釈でやろうとしても、気にするなと。変えなくていいものは変えなくてよい。それで評価が悪くても構わないと、社内には言っている。私はこれだけの数の従業員がいれば、安定性というものは何物にも替え難い重要なファクターだと思います。(P99-101に掲載、初出は『日経ビジネス』2004年9月27日号)

写真: 2004年11月 盛和塾「神戸」にて