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あの日あの時稲盛和夫 広中平祐(数学者、ハーバード大学名誉教授、京都大学数理解析研究所元所長)

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かつて稲盛が主宰していた「盛和塾」の機関誌の1コーナー、「あの日あの時稲盛和夫氏」より、今回は数学者の広中平祐さんの回を一部抜粋にてご紹介します。

広中平祐さんと稲盛は、京都の経済人と学者が集まり文化や学問の振興に努める「京都会議」にて出会いました。
以前から、「ものごとをシンプルにとらえる」ことが重要だと考えていた稲盛は、広中さんが1970年に数学における賞の最高の権威を有するフィールズ賞を受賞された際の、「二次元では解けないものを三次元にして解いた」、つまり二次元であるものにひとつのファクターを入れて現象を単純にした、という話を聞き、たいへん感銘を受けました。そして、広中さんは物事をシンプルに捉える先天的才能を持つ方だと尊敬の念を抱くようになりました。

一方、広中さんは稲盛の第一印象について、「ざっくばらんな方」「少しも偉そうなところがなく、親しい友人が話しかけてくるような感じだった」と述べ、次のように話されています。

「会議でも会食でも、オフィシャルなんだけれども、とても家族的です。それはやはり稲盛さんが持っておられる人間性が表れているからです。
自分という言葉があります。自分というのは、「おのれ」と「ぶん」と書きますが、おのれがわかっている人と、わからない人がいると思います。
たとえば相手がすごく偉い学者なのに、その人を下に見る人もいるわけです。けれども、本当に自分というものを100%わかっている人は、相手のことが60%しかわからなかったら、あとの40%はどんなものだろうかと考えます。そうした人が、自分がわかった人なのです。
そうした意味では、稲盛さんは自分を知っておられると思います。稲盛さんは素晴らしい思想を持っておられ、思想家としても素晴らしいけれども、それは学界でつくられた思想を誰よりも知っているということではなく、自分にもわからない部分があることを、知っておられるのだと思います。(機関誌「盛和塾」69号 2006年2月刊)

こうして互いに尊敬し、その後稲盛の講話にも度々広中さんが登場するようになりました。

ある時、稲盛の「宇宙には進化発展し続ける意志が流れている」という考えに対し、「そういうふうに理解されれば、それは十分その通りかもしれません」と広中さんが答えられたことがありました。科学者である広中さんにも認められたことで、稲盛は自身の考え方に自信を持つことにつながったと後に語っています。