Facebookアーカイブ

社員が語るエピソード「稲盛名誉会長との思い出」③

241121

※このエピソードは2年前、京セラ社内報特別号掲載用として社員から寄せられた思い出のエピソードです。表現、言葉づかい等は出来る限りオリジナルのままにしています。

◆─────────────────◆

入社した時には、すでに「名誉会長」であった稲盛名誉会長は、われわれ世代にとって常に雲の上の存在でした。しかし、ご自身はそんな素振りは微塵もお見せにならず、常に柔らかな笑顔でわれわれを見て下さる 仏様のような、そんな印象で私は名誉会長という人物を捉えていたと思います。

そのような神々しいお方に直接触れ合える貴重な機会として、われわれの時代は永年勤続表彰の舞台がありました。関西地区に限定されますが、舞台上には名誉会長がおられ、表彰者が順番に檀上で表彰されると同時に名誉会長と握手ができる、5年に一度の貴重な楽しみとなっていました。

しかし、私が勤続5年表彰の年、何故か名誉会長との握手がされずに表彰が進んでいくという事がおきました。「あれっ、今年はないのか・・・」と残念に思って自分の席に戻ると、あるところから例年通り握手が始まったのです。近くの席の同期たちと悔しがり、でもどうしようもなく落ち着かない気持ちで午後の部の論文発表を迎えました。

論文発表の時には名誉会長以下、幹部の方々は表彰者の後ろに着席されます。その年の私の席は、なんと名誉会長の直前の席だったのです。「これは、天の思し召しか?」と思いました。

そして、名誉会長が着席されると同時に振りむいて、「私たちは名誉会長との握手を楽しみにしていたのですが、何故か握手する流れにならず、できなかったのです!」 と気持ちのままにお伝えすると、なんと名誉会長は立ち上がり間髪入れずにこうおっしゃったのです。「おお!それはすまんかったなあ!」 と。本当にすまなさそうに、両手を前に出しながら...。私も自然に両手を出して握手をさせていただきました。

そこから、名誉会長に手が届く範囲の全ての人が「我も、我も」と握手をするという少し騒然とした中で、一人感動に浸っていました。

一代でこれだけの会社をつくり上げた経営の神様の、本当に謙虚で皆を子どものように家族のように思っている、そんな真心が見えた瞬間だったと思っています。あの当時の様子は一生忘れないと思います。

京セラ株式会社 滋賀野洲工場 研究開発本部社員

写真:
創立記念式典での表彰式のようす。写真は定年退職者表彰。
稲盛は表彰者一人ひとりと思いを込めて握手をしていた。