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稲盛は、今年が素晴らしい転機の年になると願っていた

250714

稲盛は、2025年を特別な年と考えていました。

2001年2月に開催された関西財界セミナーで、稲盛は「日本の経済社会の再生と国家のあり方」と題し、低迷する日本の経済社会に向けて講演を行い、その冒頭で示したのが「80年周期説」でした。近代日本の歴史を俯瞰するとき、40年ごとに節目を迎え、「盛」と「衰」を繰り返してきたというのです。

まずは、1860年代の明治維新へのうねりに始まります。その後、日本は富国強兵策を進め、1905年に日露戦争に勝利します。しかし、軍国主義の道を邁進したことから、1945年の第二次世界大戦の敗戦を迎えます。焦土からの復興をめざし、懸命に経済成長に努めた結果、世界第二位の経済大国となります。ところが1985年のプラザ合意による為替変動、その後のバブル景気破綻により、日本経済は低迷を続けることになります。

その真っ只中にあった2001年初頭、まさに21世紀の幕開けにあたり、稲盛は次の40年の節目にあたる2025年に向けて、日本の根本的なあり方を問います。それは、自国だけの経済的繁栄をめざすのではなく、世界の国とともに歩み、世界から尊敬される「富国有徳」の国づくりでした。

今まさに、稲盛が周期説で唱えた節目の年2025年を迎えています。世界は混迷を深め、日本も翻弄され、歩むべき道を模索しています。

稲盛が残してくれた書籍『燃える闘魂』(毎日新聞出版)には、この周期説とともに、そんな現代への処方箋が記されています。社会に不協和音が響く今だからこそ、書店や図書館で手にとっていただければ幸いです。

写真: 書籍『燃える闘魂』(毎日新聞出版)