目には見えない
人の鼓動も検知する、
ミリ波を使った「見守りセンサ」

ミリ波センサを使った「振動検知」で
「触れずに測る」技術の高精度化を目指す

少子高齢化などによる労働人口減少の問題から、省人化が急務となっている日本の労働現場。特に医療の分野では、人手にたよることなく定点的に生体データを収集し、予防医療や異変時の救急対応に役立てる技術が求められています。
生体データの定点観測を目指した機器として一般的に知られているのは、スマートウオッチやオーラリング(スマートリング)などのヘルスケアデバイス。しかし、こういった機器のほとんどは、ウエアラブル=接触型であるがゆえに、装着を忘れてしまったり、装着によって使用者がストレスを感じたりといった課題が残っています。
このような課題を解決するために、京セラが注目したのが「ミリ波」と呼ばれる電磁波。検知精度が高いミリ波の特長を生かし、京セラでは「非接触」で「振動」から生体データを取得するセンサの開発に取り組んでいます。
「データの取得」「アウトプット」「分析」と、
それぞれの専門家が、研究のボールをつないでいく
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係責任者研究開発本部
先進技術研究所
第1基盤技術ラボ
第2ワイヤレス研究課 -
開発担当者研究開発本部
先進技術研究所
第1基盤技術ラボ
第2ワイヤレス研究課 -
開発担当者研究開発本部
先進技術研究所
第2基盤技術ラボ
AI研究課
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私はもともと通信端末の開発に魅力を感じていて、2016年の入社以来、音声・画像認識などの開発を行ってきました。2022年にこのチームに加わる前から、ミリ波の可能性に興味を持ってはいたんですが、そもそもどういったきっかけで「ミリ波センサ」の研究がスタートしたんでしょうか?
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研究がスタートしたのは2019年です。波長が小さいミリ波なら、目には見えないほど小さな振動を検知・データ化できるんじゃないかということで、「心電図に近いレベルで人の心拍データを収集できるセンサ機器」を目指して、開発が始まりました。
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「心拍」は、本来なら身体に電極を付けたり、手首にウエアラブル端末を装着したりして測りますよね。この微細なデータを非接触で計測しようという発想は、どこから生まれてきたんでしょうか?
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新型コロナウイルスの感染拡大に伴って、「非接触センシング」のニーズが急速に高まってきたことも要因の一つですが、「もっと簡単に、継続的に生体データを取るにはどうしたらいいんだろう?」と考えた結果、見えてきた答えの一つが非接触だったということが大きいです。スマートウオッチなどで心拍を測る技術はすでにありますが、「明日からこの端末を毎日着けてください」と言われて、実際にそれを習慣化するのは意外と難しいこと。だったら、空間をまるごとセンシングして、「気付かないうちに心拍が測れる」という状況をつくれないだろうか、と考えたんです。
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確かにリビングや寝室など、人が長く居る空間全体をセンシングできたら、ヘルスケアや予防医療に役立つ情報を、安定的かつ継続的に集めることができますね。気付かないうちに体のデータを蓄積したり、病気を予防したり、「そこにいるだけで健康になれる」ような空間づくりにつながると思うと、ワクワクします。
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私もそう思います。ただ「空間をまるごとセンシングする」というアドバンテージが、当初はネックにもなっていて。空間全体に電磁波を飛ばすわけですから、センサが歩行や会話など、他の振動もキャッチしてしまうんですよね。そのため、膨大な振動の中から「心臓の鼓動に相当する振動成分」だけを取り出すことに相当苦労しました。しかし、技術者同士が、分野を超えて横断的な交流をしやすいのが京セラの強み。チーム外の研究者にも協力を仰ぐことで、欲しい振動だけを取り出す方法を見つけることができたんです。
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私がシステム開発担当として、集められたデータのアウトプット方法を考えられる状況にあるのも、そういった壁を乗り越えていただいたからこそ、なんですね。現在、私が取り組んでいるのは、電磁波という目に見えないデータを、使用者にとって有益な形で可視化するためのシステム開発です。分かりやすく言うと、「振動」という生の取得データを、「空間内のどこに人がいるのか」という位置情報や、ヘルスケアに役立つ心拍波形などのグラフへと変換する、データの「翻訳」部分を担っています。
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そうやって翻訳されたデータを、さらに深く分析するのが私の役割。振動を翻訳した「心音波形※1」からも、もちろん健康に役立つ情報を拾うことはできるのですが、そこをさらに掘り下げて、発展的に他の情報も取得できないかを試みています。
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- ※1正式には、心音相当の振動波形
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センシング機能を進化させるだけでなく、ヘルスケアに役立つデータだけを取り出したり、データをグラフ化したり、分析したり……。お二人のような若手の意見、新鮮な目線から展開される技術開発が加わっているからこそ、いいスピード感でミリ波センサが世の中で役に立つ製品に近づいていると感じています。
ヘルスケア以外にも、可能性は無限大
「ミリ波」がもたらす、未来のセンシングとは?

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ミリ波センサが取得したデータを発展的に分析していくに当たっては、入社直後から関わってきた、自動運転分野の研究知見が生きていると感じています。
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2022年にこのチームに加わってからも、並行して自動運転分野の研究は続けられていますよね。具体的にどのような点が、ミリ波センサの開発に役立っているのでしょうか?
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自動運転分野では、画像として検知したドライバーの表情を分析することで、「起きているのか」「眠っているのか」を判別し、居眠り運転を回避するシステムを作っています。このように、検知したデータに分析が加わると、より複雑で、高度な判断が可能になるんです。そういった分析視点をミリ波センサに取り入れられているのは、分野横断的に研究を行ってきたからこそだといえると思います。
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そうやって分野を超えた視点が加わることで、この機器の可能性がさらに広がっていきそうですね。非常に心強いです。ちなみにミリ波センサのデータにどんな分析を加え、どういった機能を実装していきたいと思われているのですか?
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現時点での私の目標は、ミリ波センサが取得してきた心拍データを基に、人の感情や感覚を検知する技術を生み出していくこと。具体的には、心拍数からその人がこの空間を「快適」だと思っているのか、「不快」だと思っているのかといった「快適指数」を算出したり、心拍数から自律神経の変動を読み取って、その人の感情や体調を明らかにしたりできないだろうかと考えています。感覚や感情といった数値化が難しい事柄を機械で読み取れるようになれば、私たちの生活にきっと役立つと思っているんです。
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私もミリ波センサの振動検知機能が、インフラ設備の見守りに使えるのではないかと考えているところ。地震が多い日本では、防災のために、橋や高速道路、超高層ビルなどの建築物を支える骨組み部分が劣化していないか、定期的な検査を行うことが必須です。ただ、検査自体が高所などでの危険な作業になりますし、人手不足、検査コストなどの問題も顕在化しています。定期検査が必要な場所にミリ波センサをあらかじめ設置しておいて、検知した振動から内部の劣化具合を調べられれば、そういった問題が一挙に解決するのではないでしょうか。
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インフラの検査機器として活用する場合は、開発したこのミリ波センサの小型で安価だということがアドバンテージになりそうです。同じような検査をレーザーで行うことも技術的には可能なんですが、それだと1カ所当たり数百万円規模のコストがかかるので、現実的ではありません。実用化に焦点を当ててハードからソフトまでを総合的に開発できる点、社会実装に向けて安定した製造体制を整えられる点は、ものづくりに強い京セラならではです。
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技術者が相互に関わり合いながら、社会課題解決に向けて多面的にゴールを検討していく。こういう研究姿勢が、京セラには風土として根付いていますよね。だからこそ私たち若手も、「生活に役立つものづくりに、自分も貢献できている!」という実感を持ちながら、成長していけるんだと思います。
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これからも振動というデータを多様に解釈、分析し、ミリ波センサの可能性を広げるような研究開発に、どんどん取り組んでいきたいですね。この機器が実用化され、人々の生活に役立つその日まで、引き続き、がんばっていきましょう!