ミハル通信・京セラが実験成功
「商用5Gで低遅延8K映像伝送」実用化へ
世界最高水準の低遅延を達成
月刊ニューメディア(2021年9月号)の掲載記事を、
株式会社ニューメディアの許諾を得て転載しています。
ミハル通信と京セラは7 月5 日、8K 映像を商用5G サービスで送信、インターネットを経由させて商用5G で受信し8K テレビに表示させるという伝送実験を京セラ横浜事業所で実施し、全体の遅延時間を合計250ms 以下に抑えることに成功した。ミハル通信の8K 極超低遅延映像圧縮伝送システム「ELL8K」と、京セラの5G 対応デバイス「K5G-C-100A」の組み合わせで実現したもので、「5G を用いた映像の低遅延伝送において世界最高水準の成果」(ミハル通信)。今回の実験結果は、商用5G やインターネットを利用した8K 映像の低遅延伝送に道を開いた。両社は今後、放送・映像業界の映像素材伝送や工場、自動運転、鉄道、医療など幅広い分野に、8K 映像低遅延 5G 伝送ソリューションを提供していく方針だ。
(取材・文:渡辺 元・本誌編集長、写真:広瀬まり)
ミリ波の商用5G で送受信 ネット経由で8K テレビ表示
今回の実験の仕組みは次のようになっている。
上り回線は、8K カメラで撮影した映像信号を12G-SDI で入力信号変換器に入力。フォーマット変換をしてミハル通信製の8K 極超低遅延映像圧縮伝送システム「ELL(エル)8K HEVC エンコーダー/ デコーダー」(以下「ELL8K」)に入力。「ELL8K」で超低遅延のHEVC エンコードを行い、VPN ルータ(古河電気工業製)を経由して京セラの5G 対応デバイス「K5G-C-100A」に入力。「K5G-C-100A」から商用5G 基地局(ミリ波の商用5G サービス)に無線伝送。5G 基地局からインターネットを経由し、同じ5G 基地局に伝送。
下り回線は、5G 基地局から無線伝送した信号を2 台目の5G 対応デバイス「K5G-C-100A」が受信。2 台目のVPN ルータを経由してミハル通信の「ELL8K」に入力。超低遅延デコードした信号をSDI/HDMI 変換をした後、民生用8K テレビにHDMI で伝送して表示した。
8K カメラは1ms 単位で時間を表示するカスタムカウンターを撮影。カウンターと5G・インターネットを経由して8K テレビに映し出されたカウンターの映像を別のカメラで一緒に撮影し、それぞれのカウンターの画像に表示された時間の差から、遅延時間を測定した。
ミハル通信が2020 年に開発した「ELL8K」は、同社独自開発の変調技術を使った8K 映像のエンコードとデコードで、合計15~30ms という非常に短い遅延時間を実現した装置として、現在注目されている。2020 年の第3 回4K・8K 映像技術展、2021年のInteropTokyo 2021、ケーブル技術ショー2021などで、HEVC エンコードで約300Mbps のビットレートにした8K 映像のIP 伝送のデモ展示を行い、肉眼では遅延が感じられないほどの「極超低遅延」の8K 映像が来場者を驚かせた。放送・映像業界だけでなく、8K や4K の映像素材を低遅延で伝送したいさまざまな業界の関係者から引き合いがあり、ミハル通信は通信キャリア各社や地上波テレビ局などとは、商用5G やローカル5G での8K/4K 映像の無線伝送実験も繰り返し実施してきた。
ミハル通信「ELL8K」と京セラ「K5G-C-100A」で課題解決
しかし、5G での8K/4K 映像伝送には課題があった。「ELL8K」でHEVC エンコードした8K 映像を超低遅延で5G ルータから5G 基地局に無線伝送する上りのビットレートは約300Mbps が必要だが、既存の民生用5G ルータではそこまでのビットレートが継続的に出ないのだ。最大の原因は、長時間の伝送で5G ルータが高温になり停止してしまうことだ。
この課題を解決したのが、京セラが開発した5G 対応デバイス「K5G-C-100A」だ。「K5G-C-100A」は冷却ファンを内蔵し、内部の熱を逃がす構造になっている。京セラ株式会社 通信機器事業本部 通信事業戦略部IoT・ビジネスユニット 事業開発課 小倉久忠氏は、「特にミリ波の5G は周波数が非常に高く、ルータの設計では発熱対策が課題でした。弊社の既存の5G 対応デバイスのサンプル機を昨秋からさまざまな業界に貸し出したところ、テレビ業界の方からは既存の5G デバイスは発熱でスループットがすぐに落ちてしまうため映像伝送ができないというフィードバックをいただきました。そのため、パソコンなどと同じようにファンを付けて排熱を促進させる機構を5G 対応デバイスに導入することはメリットになると確信しました」と説明する。
「K5G-C-100A」の特長は発熱対策だけではない。京セラが得意としているアンテナ設計技術も活かされている。他の通信モジュールメーカー製の5G ルータは外部アンテナを採用している製品が多いが、「弊社はスマートフォンなどでアンテナ設計の技術力を長年培ってきているため、端末の内部に5G のミリ波とSub6 のアンテナを収めています。安定稼動のための排熱機構などとともにトータルで設計する技術力で、1 台の端末に仕立て上げました」(京セラ 小倉氏)。
今回の実験で、「K5G-C-100A」を上に向けるだけで商用5G 基地局に安定して接続できたのは、このアンテナ設計技術によるものだ。
今回の実験を主導したミハル通信株式会社取締役 技術統括本部長 尾花 毅氏は、「『K5G-C-100A』は高温になることなく長時間運用し続けることができます。24 時間365 日、ストリームを数百Mbps で流し続けても安定して動くという特長は、8K 映像の超低遅延伝送というアプリケーションに最適な端末です」と高く評価する。
5G での8K/4K 映像伝送における上り回線の課題は、それだけではない。約300Mbpsの上りスループットが出ても、商用回線では超低遅延映像ストリームの映像が途切れ途切れになってしまい、エラーなく伝送できなかった。その原因はジッタだ。これを解決するには、システムを構成する各機器に上りのパケットが到着する時間の揺れを吸収するために、デコーダー側である程度のバッファリングをしなければならない。この課題はミハル通信の「ELL8K」のチューニングによって解決した。「これまで『ELL8K』のデコーダー側のバッファはこのジッタを吸収するだけのサイズを持っていなかったため、バッファに関して設計し直し、ジッタを吸収できるようになりました」(ミハル通信 尾花氏)。
「世界最高水準の成果」放送・産業・医療などに提供へ
このようなシステムで構成した今回の実験では、上り300Mbps のビットレートが出て、8K カメラから5G・インターネットを経由して8K テレビに表示するまでの全体で、目標通りの250 ms を切る低遅延での8K 映像伝送を実現できた。特に今回の実験のポイントは、ミリ波の商用5G サービスを使用していることだ。「ネットワークを通さずにエンコーダーとデコーダーを直結した場合の遅延は50 ms を切りますが、今回の実験ではネットワークに繋がる機器の遅延を加味したトータル250 ms以下の遅延で8K 映像がミリ波の商用5G ネットワークとインターネットを通過させることが可能であることを実証できました。5G を通した超低遅延映像伝送において世界最高水準の成果だと考えています」(ミハル通信 尾花氏)。ミハル通信と京セラの両社の最新機器が組み合わさったことによって実現した快挙と言えるだろう。
今回の実験が成功したことにより、ミハル通信と京セラは5G による低遅延8K 伝送が放送・映像分野以外でもさまざまな分野に導入されていくことを期待する。
「今回の実験の成功で、すでにいろいろなお客様からお問い合わせをいただいていた自動運転や遠隔操作など、低遅延の無線伝送が必要な産業分野に導入できる目処が立ちました」(ミハル通信 尾花氏)。実験ではキャリアの5G を使用したが、ケーブルテレビ事業者や自治体によるローカル5G での高精細映像伝送にも期待している。
京セラも今回の実験の成功を受けて、「8K映像による検査の自動化など、工場への導入に期待しています」(京セラ株式会社 通信機器事業本部 IoT 営業部 IoT 営業課 鶴見崇哉氏)と、産業用途での活用に期待している。8K 映像の5G 伝送は、工場での不良品などの予備検知や、市街地の屋外に設置した定点カメラ映像による人や自動車の流れの解析、遠隔治療など医療、など幅広い用途に活用できる。さらに「ロボティクスなど将来を見越した用途にも発展させていく足がかりにしたいと思っています」(京セラ 小倉氏)と構想が膨らむ。
ミハル通信では試作機段階の「ELL8K」を2021 年度下期以降に製品化することを目指し、現在さらに低遅延化させる改善や、今回の実験では外付けしていた入力信号変換などの機能を「ELL8K」に内蔵させるといったシステムのシンプル化に取り組んでいる。製品化後は、京セラの5G 対応デバイスやカメラなど他社製品も組み合わせて顧客の用途に最適なシステムを提案していく方針だ。社内にシステムインテグレーション部門を新設するなど、従来のモノ作り中心だったメーカーの事業形態から、システム提案型への転換も進めている。
「『ELL8K』をチューニングしてさらなる低遅延を実現し、今後も京セラさんと実験を行いたい」(ミハル通信 尾花氏)、「ミハル通信さんとの相乗効果を活かしてソリューションを作っていきたい」(京セラ 小倉氏)と、8K 映像低遅延5G 伝送で革新的なソリューション提供を目指す両社の関係は今後さらに深まりそうだ。