THE NEW VALUE FRONTIER

京セラが考えるスマートシティ

すべての街に、その街ならではの「スマート」を。

営業運転中の路線バスでITS実証実験 見えない危険を察知し安全運転を支援 交通事故ゼロと安全な社会の実現を目指す

デジタル技術によるクルマの進化と共に、安全運転の高度化に対する期待が高まっている。ITS(Intelligent Transport System:高度道路交通システム)を活用した安全運転支援の実用化に向け、京セラはパートナー企業と共同で実証実験を実施した。実験の場は、神姫バスが運行する路線バスの営業運転ルート。信号のない、見通しの悪い交差点に進入する歩行者や自転車を事前に検知し、バスの運転者に通知することで緩やかに減速し出会い頭の衝突リスクを回避する。事故のない安全な社会の実現を目指す先駆的な取り組みと、その先の未来を展望する。

交通事故のない安全な社会は、誰もが願う重要な社会課題の1つである。その実現に向け、自動車メーカーをはじめ、様々な業種の企業・団体が、安全運転支援の研究開発を進めている。

交通事故による死傷者数は、近年減少傾向にあるものの、2020年の死傷者数は約37万人と依然高い水準にある。特に交差点での出会い頭事故は、追突事故に次いで発生割合が高い。見通しのよい道路での追突事故は車載センサーによって回避可能だが、見通しの悪い場所から不意に歩行者や車両が現れる出会い頭の事故は、車載センサーのみで回避することは難しい。

この解決策として期待されているのがITS技術だ。ITSは人と道路と自動車の間で情報の受発信を行うシステム。事故や渋滞の削減、SDGsに掲げられているレジリエントなインフラを整備し、包摂的で持続可能な産業化の推進などに有効とされる。

神姫バスの路線で
路車間・車車間通信の有効性を確認

神姫バス株式会社 次世代モビリティ推進室 部長 須和 憲和氏
神姫バス株式会社
次世代モビリティ推進室 部長
須和 憲和氏

このITSを使った実証実験が、兵庫県を中心に路線バスを運行する神姫バスの営業運転ルートで実施された。760MHz帯のITS通信を使い、路側機と車両の「路車間通信」およびバスと自転車の「車車間通信」で、出会い頭事故防止の有効性を確認するのが狙いである。

神姫バスは「自動運転」「安全運転支援」「MaaS(Mobility as a Service)」の3つを軸に、次世代モビリティの実現に取り組んでいる。「この実証実験も、次世代モビリティの事業化を目指す一環として取り組んだものです」と神姫バスの須和 憲和氏は話す。

実施期間は2021年3月15日から18日の4日間。姫路市内の営業運転ルートの中から、信号がなく見通しの悪い2カ所の交差点を選定して行われた。交差点に進入する歩行者や自転車を事前に検知し、衝突のリスクがある場合は、運転者に骨伝導イヤホンを介して危険通知メッセージを発する。なお、実際に乗客を乗せた営業運転中の路線バスによる路車間・車車間通信の実証実験は、国内でも非常に珍しい。

実験では「危険通知メッセージが再生された時間」「歩行者や自転車が交差点へ進入した時間」「実際にバスが交差点へ進入した時間」を記録し、「危険通知を聴かず走行した場合にバスが交差点へ進入する想定時間」との比較を行った。その結果、路車間・車車間通信ともに事故防止に有効であることを確認できたという。

路車間通信のあるケースでは、バスが減速しなかった場合、バスと歩行者は2秒の時間差で交差点へ進入する見込みだったが、実際は危険通知が再生されバスが制動動作をすることで、交差点進入時間差が9.4秒に拡大。バスと自転車が0.9秒の時間差で交差点へ進入する車車間通信のケースでも、同様に交差点進入時間差が8.1秒に拡大した。「いずれのケースも運転者が早い段階で制動動作を行うことで速度が低下し、近接していた交差点進入時間に“安全な時間差”が生まれ、出会い頭の衝突リスクを回避できました」と須和氏は語る(写真)。

写真 車車間通信の実証実験の様子
写真 車車間通信の実証実験の様子
実験では自転車が任意のタイミングで交差点に進入する。通常の徐行運転では交差点で衝突のリスクはあるが、事前に危険を察知することで、早い段階で制動動作が可能になる。これにより“安全な時間差”が生まれ、衝突のリスクを回避できた。早期の危険通知により制動動作を緩やかに行えるため、乗客の転倒リスク防止にもつながる

今回は路車間通信で7回の危険通知、車車間通信で6回の危険通知が発せられた。そのタイミングに関する運転者へのアンケート調査によると、路車間通信は72%(5/7回)、車車間通信は100%(6/6回)が適切だったと回答。適切なタイミングで通知があった場合、路車間通信で100%(5/5回)、車車間通信で83%(5/6回)がブレーキをかけるという安全行動につながったという。「運転者の評価も『効果がある』『それなりに効果がある』を合わせると100%で、定性的にも見通しの悪い交差点における安全運転支援の有効性が認められました」と須和氏は続ける。

この実証実験は2021年12月9日、10日に開催された第19回ITSシンポジウムで、優秀施策に贈られるベストポスター賞を受賞した。

システムの構築・チューニングは
参加企業の共創で実現

実証実験の路車間通信は路側機の赤外線カメラで歩行者を検知し、検知した情報を路側機無線部からバスITS車載機へ送信、車車間通信は自転車に搭載したITS機器の電波をバスの車載機で直接受信した。路車間通信のシステム概要は下図の通りだ。検知後の分析・通知の仕組みは車車間通信もほぼ同様である。

図 路車間通信のシステム概要図
図 路車間通信のシステム概要図
電柱に設置した路側機の赤外線カメラで歩行者の位置・速度・方位などの動的情報を把握し、バス側にITS通信で通知。また、バスは、GNSS受信機でバスの動的情報を作成し、歩行者の動的情報とバスの動的情報をバス車載機で分析する。衝突の危険性があると判断した場合は、バス運転者が装着する骨伝導イヤホンに危険通知メッセージを送る
京セラ株式会社 インフラ事業部 システムデザイン開発部責任者 飯沼 敏範氏
京セラ株式会社
インフラ事業部
システムデザイン開発部責任者
飯沼 敏範氏

今回の実証実験はITSによる安全運転支援を推進する多数のベンダーによって実施された。中でも重要な役割を担ったのが、京セラと関西電力送配電である。

京セラは実験システムのコアとなる無線路側機や道路に設置するセンサー、ITS車載機や骨伝導イヤホンなどを提供した。この無線路側機には、京セラがこれまでPHS用無線基地局の開発・商用運用で培ってきた技術や知見が活かされているという。

「悪天候や夜間など屋外の様々な環境に対応できる赤外線を利用したセンサーのほか、複数のセンサーを融合して検出率を高めるシステムも開発・提供しています」と京セラの飯沼 敏範氏は述べる。

ITSの実用化に向け、JR東日本とBRT自動運転バスの実証実験を実施したほか、複数の自治体と安全運転支援や自動運転支援の実証実験も行ってきた。「その経験・ノウハウも今回のシステムやその運用に反映されています」と飯沼氏は続ける。

関西電力送配電株式会社 企画部 新規事業グループ リーダー 灰原 佑紀氏
関西電力送配電株式会社
企画部
新規事業グループ リーダー
灰原 佑紀氏

関西電力送配電は無電柱化推進の前提のもと、既存アセットを活用した新規事業創出に取り組んでいる。その一環として、電柱を活用した「スマートポール」の実用化を検討している。2019年1月には滋賀県大津市で安全運転支援の実証実験を実施した。「バス事業者への展開を視野に、神姫バス様にお話しさせていただいたところ、とても関心を持ってくださり、今回の実証実験に至りました」と関西電力送配電の灰原 佑紀氏は言う。本実証では、実験のとりまとめや管轄する電柱への機器設置に関する技術検討と、実際の設置工事を担った。

見えない危険を回避するためには、システム全体が正確に作動し、接近情報をタイミング良く、的確に運転者に伝えることが重要である。「歩行者と自転車では進行速度が違います。それを踏まえた上で、対象を捉えてから、どれぐらいのタイミングで運転者に伝えるのが最も適切か。綿密に事前確認を行い、神姫バス様にもご協力いただき、システムのチューニングを行いました。これが好結果につながっているのだと思います」と飯沼氏は振り返る。

神姫バスも今回の結果に大きな期待を寄せる。「多くのお客様を乗せる路線バスは自らが事故を起こさないことはもちろん、もらい事故に遭わない危険回避も求められます。また急ブレーキを踏めば、車内転倒のリスクもあります。より早く危険を察知し、できるだけ緩やかな制動動作で危険を回避することが大切なのです。それを実用レベルで確認できました」(須和氏)。

特に車車間通信による有効性を確認できたことが大きいという。運転者の多くは進行速度が速く、不規則な動きをする自転車により危険を感じているからだ。実証実験に参加した自転車メーカーもITS機器搭載を前向きに検討しているという。

ITSの実用化に向け、
新技術開発と社会実装を推進する

今回の実験は路線バスというプロの運転者によるものだが、事故防止の有効性を確認できたことは、実用化に向けたステップを一段上がったといえる。「この仕組みは、一般車両や開発が進んでいる自動運転車の支援にも活用できます。今後は社会生活の中での効果検証を継続していくとともに、サービスや事業の在り方など社会実装に向けたフレームワークの検討なども関係各社様と進めていきたい」と飯沼氏は語る。

ITS技術はより幅広い分野への応用も検討されている。京セラが開発を進めるのが、マルチプロトコル対応の無線路側機である。ITS通信だけでなく、Wi-Fi、Bluetoothなど多様な通信規格に対応する。「スマートフォンを活用して無線路側機や車載機と通信したり、スマートフォンを持つ歩行者や自転車に危険を通知することも可能になるでしょう」(飯沼氏)。

関西電力送配電もこうした機能を有するスマートポールによる新たな技術・サービス提供の可能性を模索している。「スマートポールを面的に導入し、様々なつながりを提供することで、スマートシティの実現に貢献していきたい」と灰原氏は展望を語る。

スマートポールやマルチプロトコル対応の無線路側機の設置が広がりを見せれば、スマートフォンや様々なセンサーを活用し、地域の高齢者や子供の見守りサービスなども可能になる。「多様な企業や自治体と連携することで、交通事故の削減だけでなく、『社会安全』の向上に寄与できるでしょう」と須和氏は期待を寄せる。

どんなに自動運転化が進んでも、予見が難しい状況は起こり得る。このリスクを回避し、交通事故の削減を目指す上で、ITSは不可欠の技術である。今回の実証実験によって、ITSの実用化が大きく前進したことは間違いない。今後のインフラ協調の運転支援への期待が高まる。

この記事は、2022年3月4日より「日経XTECH Special」に掲載されている記事広告を、日経BPの許可を得て再構成したものです。
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