THE NEW VALUE FRONTIER
D&I TALK社員座談会

“違い”のなかで育ったD&Iが、
社会に多様性を広げる技術を生む。

「フューチャーデザインラボ第一研究部」の皆さん

神奈川県横浜にある「京セラみなとみらいリサーチセンター」は、エネルギー、情報、通信、車載などの開発部門が集結した研究施設。部署を超えた交流から生まれる、オープンイノベーションを推進しています。施設で働く技術者の中でも、特に実験的な試みを行っているのが「フューチャーデザインラボ第一研究部」の皆さん。チームでは現在「人間拡張」をテーマに、身体、存在、知覚、認知の4つの能力を拡張させる機器やシステムの開発に取り組んでいます。今回はさまざまな国籍、経歴を持つメンバーで座談会を開催。チームの多様性が革新的な技術開発にどのような影響を与えているかを、語り合っていただきました。

MEMBER

座談会参加メンバー

  • 藤本 仁さん

    1990年に京セラへ中途入社。デジタルカメラ関連の開発業務に長年従事し、2019年にリサーチセンターへ。各チームの統括を行いつつ、「人間拡張」技術の事業化を目指す。

  • 金岡 利知さん

    社会に新しい価値観を提示できる研究テーマを求め、2020年4月に中途入社。「知覚・認知の拡張」をテーマに、ヒアラブルデバイスの開発に取り組む。

  • 浦上ヤクリンさん

    2021年3月、ヒアラブルデバイスの開発担当として中途入社。大学で心理学を研究してきた経験を活かし、人間工学的、認知心理学的な見地からデバイスの実用化を目指す。

  • 蒲池 恒彦さん

    コンピュータサイエンスの専門家として、前職では30年間システムソフトウェアの研究開発に従事。2020年4月に中途入社し、「存在の拡張」を図るフィジカルアバターを開発中。

  • クリンキグト・マルティンさん

    IT・AIの技術開発者として新しい環境で知見を広げるべく、2020年9月に中途入社。「身体の拡張」を目指して、歩行センシング&コーチングシステム開発に奮闘中。

TALK-01

皆さんは、全員が中途入社社員とのこと。
現在に至るまでのキャリアのあゆみを教えてください。

金岡:
私は前職でも、研究開発を担当していました。ただ、経歴が長くなると共に研究開発よりプロジェクト管理やコンサルティング業務が増えていって。発想を広げ、自ら手を動かすような研究開発業務に携わりたい、という想いが芽生え始めた時、京セラの「人間拡張」プロジェクト発足に伴う求人を見つけ、チャレンジしてみることにしました。
蒲池:
金岡さんと私は同期入社で、研究職を長く勤めた上で、新しい環境に飛び込んだという境遇も似ています。30年間コンピュータサイエンスに関わってきた私にとって、ロボット開発は未知の世界。だからこそおもしろいと感じましたし、組織のマネジメントやチームづくりにも貢献したい、という思いもあってプロジェクトに参画したんです。
藤本:
私ははじめに勤めた会社の研究開発部門が、事業方針の転換に伴ってなくなってしまったため、京セラに転職しました。振り返ってみると、金岡さんも蒲池さんも私も、研究開発への情熱が京セラに入社する決め手になっていたようですね。
クリンキグト:
私は情報系の技術者なので、自己成長を求めて京セラに入社しました。情報分野は、猛烈なスピードで技術革新が起こるフィールド。同じ環境に身を置いたままでは、時代の流れに取り残されてしまうため、環境を変えてさらなる知識・ノウハウ獲得に挑みたかったんです。浦上さんは元々、大学で働かれていたんですよね?
浦上:
そうなんです。心理学の研究を行っていたのですが、日本の大学では外国籍の職員は短期契約でしか働けないことが多く、自分の研究室を持つことは非常に難しいケースがほとんどです。そういった背景から、だんだんと長期的に研究を続けることが難しいなと感じるようになり、転職を決意。自分のスキルを長く活かせる場所を探して見つけたのが、この「人間拡張」プロジェクトでした。
TALK-02

それぞれ、どのような「拡張」技術の開発に
取り組んでいらっしゃるのですか?

蒲池:
私が今取り組んでいるのは、「存在の拡張」というテーマ。そこにいない人の代わりに存在感を発揮するロボット「フィジカルアバター」を開発して、離れた所にいてもあたかもその場に存在しているかのような状態を作り出すことを目指しています。
藤本:
研究の起点となったアイディアは、どのような背景から生まれたんですか?
蒲池:
コロナ禍でビジネス現場のコミュニケーションが変化したことが、起点になっていますね。オンライン会議やテレワークが広がり、「オフィスに居る」ことが仕事の絶対条件ではなくなったことによって、現在、ビジネス現場ではオフラインとオンラインの混在化が進んでいます。そういった場面で、オフラインとオンラインの「存在感の差」が課題になるはずだと考えて研究に取り組み始めました。
浦上:
確かに、テレワーク勤務で雑談ベースのコミュニケーションが減ってしまったり、オンラインとオフラインが混在した会議で、その場で話す人たちの盛り上がりにオンライン参加の方がついていけなかったり、といった場面を頻繁に見かけます。
蒲池:
このフィジカルアバターを会議などの場に置いて「存在感」を発揮させることで、オンラインとオフラインのコミュニケーションスピードや濃度の差を補うことが、研究の目的。つい最近試作品の完成にこぎつけ、社内会議などで試験的に使ってもらっています。
フィジカルアバターを置いて、オンライン上でコミュニケーションをとる様子の写真
オンライン上で、フィジカルアバターとしてコミュニケーションをとる様子の写真
金岡:
私はイヤホン型の「ヒアラブルデバイス」によって、「聴覚の拡張」を目指しています。電車などで読書や考え事をしていると、アナウンスを聞き逃してしまうことがありますよね?このように、人の耳はずっと音を拾っているように見えて、実は常に情報を取捨選択しているんです。デバイスには、「今、大事なことを言っていなかった?」と思った瞬間に数秒前の周辺音を再生したり、音を文字起こししたりする機能を搭載予定。これらの機能で聴覚の認知をサポートし、得られる情報の質や幅を広げようとしています。
浦上:
金岡さんと同じチームで、ヒアラブルデバイスの機能やデザインを心理学の見地からブラッシュアップするのが私の仕事。なぜ「聞こえているのに認識できない」現象が起きるのかを、認知心理学的に紐解いて考えたり、試作品を人間工学的な視点で評価したりしています。
金岡:
私たちは「聞き逃した音をもう一度流す」「登録した音声情報を拾う」といった機能は開発できます。しかし、なぜ人が音を聞き逃すのか、どうすれば認知を高められるのか、といった人間側の視点が欠けてしまいがち。浦上さんがいてくれることで、人とデバイスの心地よい関係性づくりにまで研究の視野を広げられています。
クリンキグト:
自分と同じくドイツ出身の浦上さんは、私にとっても心強い存在です。私は現在「身体の拡張」チームに所属し、歩行センシング&コーチングシステムの研究を行っています。具体的には、体に装着することで歩行姿勢を読み取れるデバイスを開発し、歩き方をグラフィックで再現したり、音声でリアルタイムにコーチングしたりして、使用者の姿勢を美しく整えることを目指しています。
イヤホン型のヒアラブルデバイスを身につける社員の写真
歩行センシング&コーチングシステムのデバイスを身につける社員の写真
TALK-03

チーム内で多様性の大切さを感じる瞬間、
多様性が活かされた瞬間はありましたか?

藤本:
別チームからもらうアドバイスが、研究を前進させることも多いです。コミュニケーションを活発化させるために、週に一度の全体ミーティングで、研究の進捗を共有、ディスカッションする時間を設けています。
蒲池:
私の研究はコミュニケーションを軸としているので、浦上さんのアドバイスに度々助けられています。人が親近感を抱きやすいアバターの動きや、より自然にアバターを動かせる操作画面のUIに、浦上さんの意見を多く取り入れました。
クリンキグト:
私も、被験者にデバイスを装着して行う評価実験の手法について、浦上さんに相談させていただきました。どうすれば「デバイスを着けている」という事実に影響されることなく、自然な心理状態で歩いてもらえるのかを、たくさん話し合いましたね。
藤本:
実験をするにあたっては、他部署から女性の被験者を集めていましたよね。
クリンキグト:
女性を対象にした実証数を増やすために、他部署の協力を仰いだんです。こうやって部署を超えた連携がすぐとれる点は、京セラのいいところですね。またシステム開発にあたっては、株式会社ワコールさんの協力にも大きく助けられました。ワコールさんが蓄積してきた女性の動作データがなければ、この研究は実現していなかったと思います。
藤本:
部署や会社の枠を超えてつながりを持つことで、研究に新しい風を吹き込んだ、非常にいい事例だと思います。
金岡:
部署や企業といった枠組みはもちろん、最近私は「世代」の違いを超えてつながることが大切だなと感じていて。フューチャーデザインラボは私たちのようなベテラン勢と20代前半の若手で構成されているため、中間世代があまりいないんです。若手からすれば、私たちに気軽に相談を持ちかけることが難しいんじゃないかと思い、週一で1on1ミーティングを行うようにしています。
蒲池:
若手が積極的に発信できる環境を整えることは、リーダーとして求められているミッションのひとつだなと、私も思います。
藤本:
金岡さんと蒲池さんは、京セラ資格制度のスペシャリストコース「主幹技師(業界トップクラスの専門スキルを持つ人が認定対象)」をお持ちなので、他部署の研究を評価する「DR(※)」への参加を頼まれることがあると思います。領域の異なる研究から刺激を受けることも多いのではないでしょうか?
(※)Design Review(デザインレビュー):研究開発を効率的に推進する目的で、研究開発の各ステップで実施される。デザインレビューでは研究開発の価値を明確にするため、さまざまな知見を持つ他部門の有識者を含めて議論し、次のステップに進むかどうかの判定を行う。
金岡:
京セラ以外の企業に勤めてきた経験を活かして、研究に新しい視点をもたらしていくことも自分が果たすべき役割だと思うので、できる限りさまざまな分野のDRに参加するようにしています。
蒲池:
専門外の研究であっても、開発業務への取り組み方、考え方に対するアドバイスはできますから。リサーチセンターで多様性を享受するだけでなく、自分自身も多様性を広げる媒介となっていきたいですね。
TALK-04

さまざまなバックボーンを持った方々が集まることで
見えてきた課題感などについても教えてください。

浦上:
会話は日本語でできますが、社内でのメッセージのやり取りや、経費処理、社内の提出物など、日本語で文書を扱う業務が大きな壁になっているな、と感じています。
藤本:
ビジネスに関する書類には漢字や独特の表現が多く、読み解くのが大変ですよね。社内システムのマニュアルなども、現状は日本語のものしかなく、浦上さんやクリンキグトさんには不便をかけてしまっているなと思います。
クリンキグト:
困っていると、もちろん仲間たちが助けてくれますが、英語のフォーマットがあれば、もっとスムーズに業務が進むんだろうなとも思っていて。私たちが日本語の勉強を続けていくことと並行して、日本人のメンバーたちが英語でのコミュニケーションにより積極的に取り組んでくれるようになると、とてもうれしいです。
蒲池:
社員の英語力を伸ばす研修などを実施することも、大事かもしれません。
浦上:
私は、研究職の女性社員が少ないことも気になっています。特に、私と同じような子育て世代の女性研究者が少ないですね。女性として、母親として活躍する研究者が増えて、お互いの悩みを共有したり、助け合ったりする機会が増えるといいなと思っています。
クリンキグト:
国籍や年齢など、社員の属性が多様になればなるほど、課題も浮き彫りになり、改善につながっていくと思います。多様性を受け入れ、活かすための施策などを、リサーチセンターが先駆けとなって考えていきたいですね。
浦上:
最近「外国籍社員のコミュニティ」が発足したことは、いい変化だと思っています。オンラインで集まって、外国籍社員同士で課題感や悩みを共有し、課題解決のための工夫、アイディアを話し合っています。始まったばかりの活動ですが、このコミュニティから、外国籍社員が活躍できる環境づくりのヒントを見出していきたいです。
金岡:
浦上さんが参加されているコミュニティのように、新しいつながりを持ち、育んでいくきっかけづくりが重要ですね。きっかけさえあれば、気軽にお酒を飲みながら社員同士が親睦を深める「京セラのコンパ文化」を活かして、比較的早いスピードで交流が深まっていきそうです。
浦上:
コンパの存在は、子育て中の私にとってもありがたいです。勤務終了後に社内でお酒を飲める環境があるので、短時間だけ気軽に飲み会に参加できますから。昔から続く良い文化は残しつつ、多様性の広がりに合わせた改革を行なっていきたいです。
TALK-05

研究を通して、
社会にどんな変化を起こしていきたいですか?

蒲池:
現時点では、オフィス利用をメインにフィジカルアバターを開発していますが、技術を応用すれば、自宅を出ることが難しい方も疑似的に外出できたり、遠く離れた友人・家族とその場にいるかのようにコミュニケーションをとれるようになるなど、仕事や生活における人と人との交流を、もっと豊かなものにできると考えています。
浦上:
これまで、人とデバイスの関係性は、人が機械に合わせて態度や行動を変えることで成立していました。今私たちが目指しているのは、その一歩先にある地点。始めから人の行動や身体の仕組みに合わせた設計がなされていて、自然な感覚で使えるヒアラブルデバイスを開発しようとしています。さりげなく、当たり前に社会に融けこむ。そんなデバイスを社会に届け、人間の感覚を拡張していけたらうれしいです。
金岡:
装着している、使っていることを意識しない、という意味では、「眼鏡」くらいさりげなく使えるデバイスになることが理想ですね。
クリンキグト:
私がテーマにしている「歩行」は、人々の健康を支える大切な要素。自分が歩く姿って、意外とみんな意識していませんが、実は体に負担をかけてしまう姿勢や、美しくない姿勢で歩いていることも多いんです。現在は女性を対象に美しい歩行を実現することに注力していますが、ゆくゆくは対象者の性別や年齢層を広げて、ヘルスケアに役立つデバイスにしていきたいと思います。
藤本:
人生100年時代を迎えつつある今だからこそ、このデバイスでフレイル予防などを目指し、多くの人がいつまでも元気に人生を楽しめる土壌をつくっていきたいですね。
金岡:
居場所に関係なく人と関われたり、音から得られる情報を豊かに広げたり、「歩行」から健康的な暮らしを支えたり……。私たちが取り組む技術開発が世の中に広がることで、誰もが社会に参画しやすい状況を創造していけると思います。
クリンキグト:
私はD&Iって、特定の制度やルールで魔法のように実現するものではないと思っていて。まずは多様性にあふれた環境をつくって、人々がそこで仕事や生活を営む中で、お互いにとって働きやすく、暮らしやすい方法を模索していく。そうやって自然発生的に育っていくのがD&Iだと思っています。私たちが取り組む「人間拡張」は、社会参画の可能性を広げる技術。世の中にD&Iを実現していく第一歩に貢献できる仕事だと思いながら、これからも皆さんと一緒に研究に取り組んでいきたいです。
オフィスでフィジカルアバターを囲み対話をする社員たちの写真