電波を「飛ばす」から「導く」へ - 京セラのRIS技術が変える通信空間
これまで通信技術は、「より強い電波を、より遠くへ届ける」方向で進化してきました。
しかし5G/6G時代では、通信機器だけではなく、「空間そのもの」を通信インフラとして活用するという新しい考え方が広がり始めています。
メタサーフェスやRISは、その実現を支える技術の一つです。
中でも、京セラが取り組む反射/透過切替型RISは、電波の反射と透過を自在に切り替え、その進む方向も動的に制御することで、これまで届きにくかった場所へ電波を導く可能性を持っています。
通信インフラは今後、基地局やアンテナだけではなく、壁や窓、空間そのものへと広がっていくかもしれません。
目次
5G/6G時代、通信は「空間」の問題に
スマートフォンやWi-Fi、5Gなど、私たちの現代社会は無線通信を前提として成り立っています。
動画配信やオンライン会議、IoT、自動運転など、通信量は年々増加しており、今後は6G時代に向けて、さらに高速・大容量・低遅延な通信が求められていきます。
こうした次世代通信を支えるため、5G/6Gでは高周波帯の活用が進められています。
高周波帯は、一度に多くの情報を送れる一方で、直進性が高く、壁やガラス、人の動きなど、周囲の環境の影響を受けやすいという特徴があります。
そのため、屋外ではつながるのに屋内では弱くなる、建物の陰で通信が不安定になる、人混みで通信品質が変化する、といった問題が、これまで以上に起こりやすくなります。
もちろん、基地局やアンテナを増やすことで改善することは可能です。
しかし、都市空間の複雑化や設置コスト、消費電力などを考えると、「より強い電波を、より多く飛ばす」という従来の発想だけでは限界も見え始めています。
つまりこれからの通信では、「どれだけ強い電波を出せるか」だけではなく、「空間の中で、電波をどう導くか」が重要になってきているのです。
「空間そのもの」が通信を助けるとしたら?
こうした中で近年注目されているのが、「空間そのものを通信に活用する」という新しい考え方です。
これまで、壁や窓、天井といった構造物は、通信にとって“障害物”でした。
電波は遮られ、反射し、ときには意図しない方向へ拡散してしまいます。
だから通信技術は長い間、「より強い電波を、より多く飛ばす」方向で進化してきました。
しかし、もし壁や窓そのものが、電波を必要な方向へ導けるとしたらどうでしょうか。
例えば、壁が通信の死角へ電波を反射したり、窓ガラスが必要な通信だけを選択的に通したり、 空間全体で電波の流れを最適化したり。
そんなことができれば、通信インフラの考え方は大きく変わります。
つまり、「通信機器を増やす」のではなく、「空間そのもの」を通信インフラとして活用するという発想です。
近年、この“空間制御”という考え方が、次世代通信技術の分野で注目されています。
空間制御を実現する「メタサーフェス」とRIS
こうした“空間制御”を実現する技術として注目されているのが、「メタサーフェス」です。メタサーフェスとは、電波や光といった電磁波の振る舞いを制御するために設計された平面構造体です。
表面に配置された微細構造によって、電波を特定方向へ反射する、狙った場所へ電波を集める、透過する際の進み方を調整する、といった制御が可能になります。

つまり、「波の動きを設計する」技術とも言えます。
従来のメタサーフェスは、一度設計すると固定的に動作する「Static metasurface(固定型)」が中心でした。一方で近年は、通信環境や利用状況に応じて、電波の振る舞いそのものを動的に変化させる「RIS(Reconfigurable Intelligent Surface)」が注目されています。
RISは、メタサーフェスの特性を動的に制御することで、電波の反射方向や透過特性をリアルタイムに変化させられる技術です。これにより、通信環境に応じて電波を必要な場所へ導くなど、より柔軟な空間制御が可能になります。
京セラが挑む「反射」と「透過」の両立
京セラではこれまで、メタサーフェスを活用した電波制御技術に取り組んできました。
例えば以前公開した「電波制御板」では、透過型メタサーフェスを活用し、ビル陰など電波が届きにくい場所へ通信を届ける技術を開発しています。電源不要で電波を隅々まで!京セラのメタサーフェス電波制御技術
一方で近年は、特定方向に電波を“曲げる”だけではなく、通信環境に応じて電波を曲げる方向を変化させる「動的制御」の研究も進んでいます。現在のRISは、反射型または透過型のどちらかに固定されているものが主流です。京セラでは、独自のメタサーフェス設計技術と液晶制御技術を組み合わせ、電波の「反射」と「透過」を自在に切り替えながら、ビームの方向も制御できるRISを開発しました。
液晶は、電圧によって細長い分子の向きが変化し、電波の通り方を制御できる材料です。京セラでは、この液晶特性をメタサーフェスへ応用することで、電波を反射する、電波を透過する、状況に応じてその状態を切り替える、といった制御を可能にしています。これにより、単に電波を“遮る/通す”だけではなく、「どこへ、どのように導くか」まで含めた柔軟な空間制御が可能になります。
開発品RISによる受信電力の向上効果を電波暗室で測定。屈折動作時と反射動作時について、左右方向へのビーム制御による受信電力の改善量を示す。RISがない場合と比べ、適切にビームを制御した条件では、いずれも受信電力が大きく向上している。
空間が通信インフラになる未来
メタサーフェスやRISの進化によって、通信インフラの考え方は大きく変わろうとしています。
例えば将来は、次のような活用が考えられます。
スマートビル・スマートシティ

- 窓ガラスや外壁が、屋外から屋内へ電波を透過する
- 不要な方向への電波は反射し、通信効率を高める
- 建物そのものが通信インフラの一部として機能する
Beyond 5G/6G

- 空間内の電波経路を最適化し、超高速・低遅延・高信頼性通信を支える
- 通信の死角や混雑による品質低下を抑える
- 高周波帯を活用した次世代通信を支える基盤技術となる
モビリティ・産業分野

- 自動運転車向けに、道路や周辺構造物が通信を補助する
- ドローン通信を、空間側から安定化する
- スマートファクトリー内で、設備配置に応じた通信最適化を行う
これまで通信技術は、「より強い電波を、より遠くへ届ける」方向で進化してきました。
今後は、基地局やアンテナだけではなく、壁や窓、空間そのものが通信インフラの一部になっていくのかもしれません。

