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SFプロトタイピング小説 公開!『海が囁くとき』中編

この度、京セラでは、SF作家の先生とコラボレーションし、エネルギー分野の未来を考えるSFプロトタイピング・ワークショップを開催。ワークショップでのインスピレーションをご活用いただきつつ、林譲治先生にSFプロトタイピング小説『海が囁くとき』をご執筆いただきました。

全3回(前編・中編・後編)に分け、SFプロトタイピング小説『海が囁くとき』を公開いたします。
今回は中編をお届けします。どうぞお楽しみください。

海が囁くとき<中編> 林譲治

 「海嘯(かいしょう)35はKIRC360(K Integrator and Reinventing Combination 360 degree)が、中心となって建設された浮体工法による海上都市である。KIRC360に代表されるインテグレーター・コンビネーションには幾つかの系統があるが、ほとんどが半世紀以上前には大企業とか多国籍企業として知られていた。

 だがそうした国境を越えたビジネスを展開する大企業は、パンデミックによるサプライチェーンの確保と再編、あるいは国際紛争や貿易制裁の応酬に伴う経済危機に何度も晒されてきた。そうした中で、企業傘下の部門を独立させ、短期プロジェクトごとに一つのユニットに結合し、プロジェクト終了とともに解散するような経済環境や地政学リスクに即応できる機動力をもたせることが行われるようになった。これは国際的に複数組織に自分の帰属を置く価値観とも親和性が高かった。

 結果として、かつての親会社と子会社の概念は転換し、かつては子会社であった複数部門がプロジェクトで連携する時に、司令塔としてのインテグレーター・コンビネーションを新編するようなことも行われた。ただ、さすがにゼロからの立ち上げも非効率であり、かつての親会社はインテグレーター・コンビネーションの機能を担当する企業体となった。

 このような状況で、エネルギー産業分野で国際的な評価を得ているKIRC360が企画提案し、複数の企業体によるプロジェクトの連携により完成したのが、海嘯35であった。   

 これは海上風力発電や海上太陽電池筏、温度差発電、潮力発電などの再生可能エネルギープラントの統括管理を行い、さらには太陽発電衛星からの洋上受電設備の調整も担当する洋上都市である。特筆すべきがこの海嘯35は、特定国家に属さない自由市という形をとることだった。これは世界中から優秀な人材を自由に集めるためだった。

 利害関係の衝突する国家や組織が、海嘯35で互いに接触し、妥協点を探るようなことも珍しくない。

 だが市場の大きな理由は、周辺国へのエネルギー供給の安定化のためだ。洋上の発電プラントの電力は、蓄電船に蓄えられそれがエネルギー需要の高い地域に移動し、電力を供給する。これは変動が激しい自然エネルギーの供給を安定化する意味があった。

 また頻発する自然災害に対して、災害復興の電力支援を行う意味もある。必要なら電力船のバッテリーは、陸路や空路で現場まで輸送することも可能だった。

 これだけでなく海嘯35は最高の研究施設を複数有するが、それはここが地球環境の最先端研究施設でもあるからだ。たとえば太陽発電衛星のマイクロ波の受電施設は、センサーとしての機能も有しており、受電セルごとの電波の違いから、周辺領域の大気情報を三次元的に解析し、気象予想の精度向上に貢献していた。

 気象予測が重要なのは、それが海洋エネルギーの生産に直結するからだ。たとえば台風の予測進路から施設を安全な海域まで移動させることなども行えた。場合によっては洋上風力発電プラントを台風の強風域に移動させ、台風のエネルギーを電力として回収することも数は少ないが実行されている。海洋発電プラントの多くが気象に影響されるだけに、災害を逆に活用することも重要なことだった。

宇宙から見た地球

 気象予報企業「南雲」のCEOである南雲ジェイは、海嘯35に今期の活動拠点を設けていた。彼の会社は各地の気象データを収集し、自社が保有するスーパーコンピュータにて、精度の高い気象予測を行い、各方面に提供するサービスを生業としていた。

 だが、南雲ジェイはここしばらく気象予測精度の低下という問題に悩まされていた。今日でも気象予測には一定範囲の誤差があるため、その精度の低下がカスタマーからのクレームにつながることはなかった。

 南雲ジェイが懸念するのは、台風への影響だった。現在のところ誤差範囲とは言え、予測精度は着実に低下している。この原因がわからないままに、本格的な台風シーズンを迎えることは精度誤差が一線を超えてしまい、予想外の台風被害につながる恐れがあった。

 「太陽輻射だけでは説明できない海水面の温度上昇ですか」

 南雲が悩んでいた問題解決の突破口になりそうな情報がもたらされたのは、考えをまとめるために海嘯35に作られた公園を散歩している時だった。人工島であるだけに、緑地帯は数多く用意されていた。むしろ人工島である点から、緑地帯は立体構造で配置されていた。

 南雲はそんな公園のベンチに掛ける。すると直径二〇センチほどのドローンが彼の視線の高さまで下がり、彼の網膜に映像を投射した。

 かつては人々はスマホを持参していたが、今日ではパーソナルドローンがその役割を代替している。折りたたんで収納もできるが、日常では持ち主の周辺を遊弋(ゆうよく)している。もともとは軽度認知症の人々の社会参加のためのツールとして、頭上からの危険予防と家族への情報提供などが目的で開発された。

未来都市

 それらはやがて夫婦共稼ぎが当たり前になる中で、学童の安全管理にも使われ始め、運用経験が蓄積される中で、一般にも普及し始めた。ドローンが持ち主を俯瞰して観察することで、クラウドに接続されたAIによる日常生活上の助言は、健康維持にも寄与するだけでなく、社会保障費の大幅削減にもつながっている。

 「こちらの海中探査ドローンが実測値として確認している。ただ原因がわからない。トータルな熱量は気象にも影響しかねない」

 視界の中で海洋調査船バラクーダの潮マヤは一連の事態を説明する。

 「こちらでも継続して調査するけど、そちらに情報はない? 」

 南雲ジェイは少し躊躇ったが、気象シミュレーションの誤差の拡大問題を告げる。南雲と潮は共にKIRC360のメンバーだが、それ以外にも共通のグループのメンバーシップを持っていた。彼女が南雲に問い合わせたのは、それがあったらしい。

 「一つ可能性があるとしたら、太陽発電衛星のマイクロ波の影響かもしれない」

 「そう? あれ、もう年単位で運用経験があるじゃない。いまさらこんな問題は起きないと思うけど」

 潮の指摘は南雲にも理解できた。昔は太陽発電衛星は静止軌道に置かれると言われていたが、現実には静止軌道には置かれていない。静止軌道は気象観測衛星や通信衛星など需要が高い軌道だが、それだけに二〇世紀から過密であり、そこに巨大な太陽発電衛星の居場所はなかった。

 さらに低軌道なら一〇トン投入できるのに、はるかに高度にある静止軌道では二トンしか投入できないというコスト面の問題もあった。このため今日では、低軌道に複数の太陽発電衛星を展開し、減衰の少ないマイクロ波による軌道間送電網により、衛星を切り替えながら、常に海上の受電施設に送電するシステムとなっていた。

 この低軌道太陽発電衛星群の副産物としては、移動体通信網の中継衛星や、豊富な電力を活用したスペースデブリ除去事業、さらにはマイクロ波の送電データによる大気状態の計測などがあった。

 多くの太陽発電衛星は無人だが、一部については有人宇宙ステーションとして、宇宙環境の実験施設も解放されていた。むろん主たる業務は無人発電衛星の管理である。

 この観測データは地域の軍事バランスにも貢献していた。戦争に伴う奇襲攻撃前には部隊の動員が不可欠だが、大規模動員をこれらの太陽発電衛星に察知されずに行うことは不可能であり、軍事的な冒険主義はほぼなくなっていた。

 「まぁ、そうなんだが、太陽輻射以外に海水温を上昇させる要因があるとは思えない。海底火山か何かとしても深層海水温は変化なしなら、それも考えにくいしな」

 南雲は頭上のドローン経由で、スタッフに潮からの海洋データを転送する。すると短期シミュレーションでは誤差がほぼなくなったという。気象予測の誤差の原因は、原因不明の海水温の上昇にあることがわかった。

 「イワシの群れが多いってのは、沿岸部から何かの潮流があって、それに流されてきたんじゃないか」

 「それは考えたけど、問題の海域は孤立しているの、木星の大赤斑みたいに。異変の発見が遅れた理由はそこにもあるんだけど。まぁ、でもイワシの群れは沿岸から移動しないと説明がつかないか」

 潮と南雲の呼びかけで、KIRC360関係の船舶で、調査が可能な船舶が幾つか名乗りをあげてくれた。おかげで問題の高温海域の全体像が見えてきた。AIによると、問題の海域は温暖化ガスの薄いところから濃いところに向かっているらしい。まるで生物のようにも思えるが、原因はわからなかった。

 それよりも南雲ジェイは精度の高い実測データが集まるにつれて、気象観測用のドローンの出動をKIRC360の関係チームに提案した。

 「バラクーダからのデータによるシミュレーションを補正しました。そこから予測されるのは、現在観測中の台風マキャベリは、中規模の台風ではなく、かなり大規模な台風に成長するだけでなく、針路を変え、台湾や中国沿海部を直撃するということです。追加データにより台風の正確な針路予測と同時に、台風への避難と復興準備を進めねばなりません」

深層海

(続く)


著者:林 譲治(はやし じょうじ)

1962年2月 北海道生まれ。SF作家。日本SF作家クラブ会員(第19代会長)。
臨床検査技師を経て、1995年『大日本帝国欧州電撃作戦』(共著)で作家デビュー。
『ウロボロスの波動』『ストリンガーの沈黙』『ファントマは哭く』と続く《AADD》シリーズをはじめ、『小惑星2162DSの謎』(岩崎書店)『記憶汚染』『進化の設計者』(以上、早川書房刊)など、科学的アイデアと社会学的文明シミュレーションが融合した作品を次々に発表している。
《星系出雲の兵站》シリーズ(早川書房)にて第41回 日本SF大賞受賞。
最新刊は『大日本帝国の銀河」シリーズ』(早川書房)。
家族は妻および猫(ラグドール)のコタロウ。