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水中通信の常識を変える。京セラが挑む可視光無線通信の最前線

地球表面の約7割を占める海。その広大な海域では、再生可能エネルギーの開発、海洋資源の探査、そして災害対策や安全保障まで、さまざまな活動が活発化しています。こうした現場で今後不可欠となるのが、水中での安定した「無線通信」です。

水中で利用可能な無線通信方式として、音波や電波を用いた無線通信が存在しますが、これらの方式には限界があります。音波通信は低速かつ高遅延、電波通信は通信距離が短い――。海の中では、陸上では当たり前となっている「高速・大容量、長距離、低遅延」の無線通信を実現するのは、決して容易ではありません。

この課題を根本から解決するのが、京セラが開発したGaN(窒化ガリウム)レーザーを用いた水中可視光無線通信技術です。本記事では、この革新的な技術がなぜ必要とされ、どのように社会課題の解決に貢献できるのかをご紹介します。

目次


    水中通信の課題と現状

    昨今、特に海洋研究、海底資源の開発、海中インフラの点検・保守分野において、自律型水中ロボット(AUV : Autonomous Underwater Vehicle)や遠隔操作機(ROV : Remotely Operated Vehicle)が活用され始めていますが、AUVやROVを有効に活用するためには、インフラとなる無線通信システムが必要となります。しかし、現在使用されている通信技術には、それぞれに限界があります。

    もっとも広く使われているのが音響通信ですが、これは通信速度が非常に遅く、1秒間に数キロビットから数百キロビット程度しか送れません。また、音は伝搬速度が遅いため、遠隔操作等のリアルタイム性が必要となる通信には不向きです。そのため近年では電磁波を用いた水中通信の研究も行われていますが、陸上の通信で広く用いられている電波通信は、水の中では急激に減衰してしまうため、数センチから数メートル程度しか通信できず、使用用途は限定的となります。

    こうした制約があるため、水中での大容量データ通信やリアルタイムの高精度映像伝送といった、AUVやROVを有効に活用するために必要となる高度なニーズには応えきれないのが現状です。

    “つながる海”を支える京セラの答えとは?

    こうした課題に対し、次世代の水中無線通信技術として注目されているのが、可視光を使った通信技術です。京セラでは深海探査ロボットの遠隔操作、リアルタイムの映像モニタリング等のユースケースで求められる性能要件に応えるため、可視光を用いた水中通信に取り組んできました。

    その中核となるのが、世界トップクラスのGaNレーザーを活用した可視光無線通信技術です。京セラのGaNレーザーは、一般的なLEDと比べて以下のような明確な優位性を実現しています。

    • 明るさ(高輝度):一般的なLEDの約5倍(1,100cd/mm²)
    ※特定の結晶面を使用して製造された半極性GaNレーザーを使用
    • 小型化:発光面積が約1/3
    • 長距離伝送:最大通信距離約1km(※陸上での理論値)
    • 高速性:最大10Gbps(LEDの約100倍)

    半極性GaNレーザー
    青色レーザー

    このGaNレーザーを用いることで、装置の小型化や省電力性にも配慮した可視光無線通信機を作ることが可能となります。さらに、水中での安定した通信を実現するには、「高速・大容量」「長距離」「低遅延」といった基本性能に加えて、現場ごとの制約に対応できる柔軟性や耐環境性が求められます。

    たとえば、海流の影響で機器が微細に揺れたり、海況によって信号が乱れたり、太陽光のような強い外乱によって光信号が埋もれたり――。こうした状況下でも正確に通信を維持できるかどうかが、現場では大きなポイントになります。

    そこで京セラの水中可視光通信技術は、そうした現場ニーズに応えるべく、複数の独自技術を組み合わせて開発しています。具体的には、レーザープリンターや通信インフラ事業を通して長年培ってきたビーム制御技術や信号処理技術を応用し組み合わせることで、濁りや揺れにも強く、かつ、水中という変動の激しい環境下でも高速・安定な通信を実現する「水中可視光無線通信」の実現を目指しています。

    可視光通信で利用可能なアセット

    既に試作した水中光無線通信機を用いた水槽(プール)での実証実験を開始しており、水槽内に設置したミラーを活用し、総距離105mでの通信実験に成功。521Mbpsの通信速度を2時間以上安定して維持できることを実証しています。また、2023年のCEATECや2025年のCESでは、HD映像をリアルタイムで水中伝送するデモを実施し、多くの技術者・関係者の方々から高い関心と評価をいただいています。

    2023年のCEATECや2025年のCESでの展示概要

    デモ構成図

    広がる応用フィールド――海の現場で何ができるのか?

    これまで海の現場では、「通信が届かない」「リアルタイムで見られない」「データ量に制限がある」といった制約に悩まされるケースが多く、これを打開する手段として、京セラの水中可視光通信技術への期待が高まっています。

    ■海洋調査・研究
    AUVやROVを用いた深海探査において、観測データや映像のリアルタイム取得が可能となり、効率的かつ高精度な調査活動を支援します。

    海洋インフラ・点検業務
    洋上風力発電施設や港湾構造物など、水中構造物の定期点検・維持管理において、作業者や無人機とのスムーズな通信を確保。作業効率と安全性の両立に寄与します。

    防衛・安全保障分野
    無人潜航艇(UUV : Unmanned Underwater Vehicle)とのリアルタイム通信や水中センサーとの連携により、監視・警戒・情報伝達といった用途において迅速な対応が可能になります。

    スマート養殖・水産業
    水中センサーやカメラを通じて、養殖魚の成長状況や水質データをリアルタイムで取得。持続可能で効率的な水産業の実現に貢献します。

    災害対応・救助活動
    洪水や海底トンネルなどの水没環境において、従来の通信手段では接続が困難だった現場でも、安定した情報伝達が可能になります。


    京セラが描く世界(2030年)

    これらの分野に共通するのは、「通信の制約が現場の判断・行動を制限してきた」という背景です。京セラの水中可視光通信技術は、そうした制約を乗り越え、「より見える」「よりつながる」現場づくりに貢献します。今後、実証実験や共同開発を通じて、さらに多様なフィールドでの実装が進むことで、水中通信の新たなスタンダードとして社会実装が加速していくことが期待されています。

    今後も水中可視光通信技術の開発を進め、水中でも陸上と同じように無線通信が当たり前に使える世界を目指していきます。特定の用途にとどまらず、さまざまな海中環境や業務の現場で役立てていただける技術へと育てていきたいと考えています。

    水中通信の未来を共に創るために

    水中通信は、これまで「遅い・つながりにくい」が常識でした。しかし、京セラが開発する水中可視光通信技術は、その常識を覆しつつあります。高速・大容量・低遅延という、これまでの通信技術では実現できなかった性能を、水中という過酷な環境で安定的に実現。実証実験や展示会での成果を通じて、社会実装へと着実に歩みを進めています。この技術は、海洋調査、インフラ点検、防衛、スマート養殖、災害対応など、多様な分野での活用が期待されており、新たな産業の創出や海洋のDX(デジタルトランスフォーメーション)に貢献する可能性を秘めています。

    現在、さまざまな企業・研究機関・行政機関との共創パートナーシップを広く募集しています。共同研究、共同開発、実証実験を通じて、この技術を社会実装へと加速させていきたいと考えていますので、ご興味のある方は下の「お問い合せボタン」からお気軽にお問い合わせください。



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