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【連載:第3弾(最終回)】「ぶっちゃけ教えて!量子コンピュータが普及したら生活はどう変わる?」

研究段階から40年の歴史を持つ量子コンピュータ。展示会や講演会に参加すると量子コンピュータについての実用例があちこち見受けられます。
ところが、専門家以外の人からすると、「普通のコンピュータと何が違うの?」「なんだか難しそう」「30年先の話」「正直自分にどんな影響があるか分からない」と感じていませんか?

今回編集部では、皆さんの疑問やモヤモヤを量子コンピューティングの最先端を研究されている東北大学の大関先生にお聞きします。
「ぶっちゃけ教えて!量子コンピュータが普及したら生活はどう変わる?」
ぜひお読みいただければと存じます。     

<著者紹介>
東北大学大学院情報科学研究科情報基礎科学専攻・教授
東京工業大学理学院物理学系・教授
大関 真之(おおぜき まさゆき)

そもそも量子力学ってなに?

 量子コンピュータとはなんですか?
 量子力学って一体どういう内容なのですか?

 この質問を何度されてきただろうか。相手の普段見ている世界や知りたい内容に合わせて言葉を選ぶ。特に量子とは何ですか?この質問が一番厄介である。
 単位であると答えると相手の頭にはクエスチョンがたくさん発生するのは目に見えている。小さな粒のこと、と答えると多くの研究者からの非難が頭をよぎる。そんなことを悩みながらお風呂にゆっくりと静かに浸かる。

 指を水面に立てたり、体を揺らしたりすると、波面が形成されて広がる。2つの波面を作ってみると波が通り過ぎる。その瞬間盛り上がるのが見える。波は重ね合わさって通り過ぎる。光は粒である。しかし波のように干渉縞ができる。
 こんな謎が頭をめぐる時代に、きっとこうして風呂の波を眺めて長風呂になった学者もいるだろう。

 粒とは何か。その本質的な意味は何か。形があることは粒の定義には関係しない。しかし数えられるものであり、区切りのあるものである。そうしたものを単位というのだ。水も風呂に張り出していれば数えられないものだが、桶に入れれば一杯、二杯と汲むことができる。個が形成される。
 よくよく考えてみると、光が粒であるという説があるわりには、それまで実体として、粒のように姿を見せた例はない。アインシュタインの光量子仮説も、光に対して電子の粒が放出されたことや、実験事実を説明するために、光が粒であるという方便を考えた。そうした意味では光が粒であるというのは間接的な事実に基づく予想である。

 光量子仮説の5年ほど前にプランクは近い概念として、量子仮説を唱えた。これは熱による光の放射の様子を調べると、どうも光のエネルギーは周波数の自然数倍でしか登場しないように思われる事象があった。つまり数えられる何かを持つのではないか、という発想が自然に思われるような事実があった。エネルギーが数えられるというのだ。1cm,2cmというように1エネルギー、2エネルギーのように何か単位が存在するように考えられる。エネルギーの量子化、こうして次第に「量子」の存在が仮説的に登場してきた時代であったのだ。そのエネルギーの単位は、周波数を基本とするものであったが、アインシュタインはのちに力学で登場する、運動の勢いを示す指標である運動量についても光の周波数と速さによる比で、すなわち波長で決まることを提案した。
 エネルギーには周波数、運動量には波長が対応することから、これまで学んできた力学に対して、それぞれ波の用語が見事に対応することが発見されてきた。
 つまり粒であることと波であることは矛盾するわけではないのだ。

 これまでの力学は、粒に対して、エネルギーや運動量の変化を調べるニュートンの運動方程式を利用したものであった。そして一方で波の行く末を辿るには、波動方程式というものが存在する。こちらでは周波数や波長に従い、波が伝播する様を予言することができる。
 周波数をエネルギーに、波長を運動量に切り替えて、波動方程式を光の運動方程式として利用できるのではないだろうか。そうしてできたのが有名なシュレーディンガー方程式である。量子力学の誕生だ。

 つまり粒であり波であるという言葉は、正しい。両立する概念である


 それではその粒にとって、波とは何か。何が波立っていると考えれば良いのだろうか。
 明るいということは光がよく来るということであり、暗いということは光があまり来ないということである。それを考えてみると、その波立つところは光のやってくる出現確率を表しているのではないだろうか。
 さて波は広がる。それを回折現象と呼ぶ。小さな穴を通れば四方八方に広がる。光であれば明るさが薄まることになる。広がった影響で、ある場所に到達する確率が小さくなる。
 同じ場所から光を発生させると、時にはあちらに、時にはこちらに、てんでんバラバラの粒が撒き散らされる。そんな当てのない予測しかできないのか。きっと何かが足りないのだ。そんな曖昧な結果は受け入れられない。多くの批判や混乱、パラドックスが残るといった大議論が巻き起こった。しかし現代になってもなお、小さな粒の未来は、確率までしか予測できない。そしてその確率は嘘をつかない。50パーセントの確率で生じると言ったら、10000回ほど実験を繰り返してみると大体5000回くらいその結果になる。その意味では嘘ではない。しかし不安な世界である。
 時を経て。光の粒をいまや数えることができる。フォトンカウンターという。そして光の粒をひとつずつ出すこともできる。干渉縞の発生が予言される場面では、光の粒は明るいところでよく観測され、暗くなるところではほとんど観測されない。確かに確率の予測通り、光の粒が観測される。間違っていない。これが量子力学の答えである。

 人類はこの量子力学に従う、情報素子を作ることに成功した。それが量子ビットである。これまではビットというのは電流が通るか通らないか、少量の電子集団があるかないか、そうした2つの異なる状態により情報を表現した。指を折り曲げるのと同じように。そろばんを弾いて球が上下するように。
 しかし量子力学に従う量子ビットでは、通る確率は50パーセント、通らない確率は50パーセントとなる素子である。観測するたびに異なる結果を生み出す。この当てにならない素子を利用して、計算を行う。何のメリットがあるのだろうか。当てにならないというのは装置の問題ではない、確率だ。

 どちらになるのか、その確率が50パーセントのままであれば、その計算に正解があるとしても正解率50パーセントで頼りがない。しかしその確率は操作することができる。コンピュータでは計算結果に応じてビットを変更するように、量子ビットを変更することができるのが量子コンピュータである。次第に確率が変化して、正解に到達する確率を100パーセントにすることができるのだ。
 つまりこれまでのコンピュータのように、数字を変化させて、計算を行うものではない。1+2=3といった計算をする場合には、1という数字が表示されたディスプレイから2が加算されて3に変化する様子を想像するだろう。
 計算の枠、計算の途中やその結果を示す場所は1つといったイメージがあるだろう。
 もちろんこの枠を増やして大量の数字を利用した計算をすることもできる。その方向での発展が簡単にいってしまえばスーパーコンピュータの系譜である。
 量子コンピュータではそのように数字そのものが変わるのではない。
 計算の枠の裏側には確率を保存する部分があると思って欲しい。
 量子コンピュータで計算すると言うのは、その確率を変動させる。
計算結果が1である確率、2である確率、3である確率、はたまた4である確率が量子ビットの変化に伴い変動して、先ほどの足し算の例であれば、次第に正解である3である確率が100パーセントというように変わるのだ。こういう側面からこれまでのコンピュータとは趣が異なる。

量子コンピューターの応用事例

 さまざまな結果が生じることから、当てにならないと思いきや、色々な可能性を巡ることができると考えると、探索的なアプローチをさせることができる。例えば量子コンピュータの応用事例のひとつに、組合せ最適化問題を解くことができるというものがある。膨大な組み合わせの中から最適な答えを見つけ出すというものである。パズルのような問題であると考えれば良い。うまく当てはまるピースを探す問題だ。特にそれに特化した計算を行う装置を量子アニーリングマシンとよぶ。量子力学特有の確率を操り、どの組み合わせのパターンが正解であるのか、正解への距離と確率を結びつけたプログラムをすることにより、自動的に正解に近い答えを見つけ出す。

 そのようなパズルの問題はそこかしこに存在する。
 例えば普段の日常におけるパズルの問題は、買い物を複数する場合に効率の良いお店の周り方であるとか、冷蔵庫にある材料を過不足なく利用して、夕食の献立を作るなどがある。そんな矮小な問題に量子アニーリングマシンを使うのか。別に使っても良い。
 もちろん、もっと大きな問題にも利用されている。筆者の所属する東北大学でこれまで扱ってきた問題を思い出してみる。

 有名な例となっているかと思うが、工場などで利用されている無人搬送車、その制御に量子アニーリングマシンを利用した例がある。簡単に言えば街で自動運転によるトラックが巡回していると思って欲しい。工場の中を縦横無尽に走る無人搬送車が、街の中を走るトラックだ。トラックをどの程度進めれば、渋滞を起こさずにスムーズに流すことができるのか。その調整を量子アニーリングマシンで行った。それまで頻繁に渋滞や衝突回避のための停止があり、稼働効率が向上しなかったところを引き上げることに成功した。

 交通関係で言えば、他のグループが先鞭を振るった信号機の制御の事例もある。どちらを開ければ渋滞が起きないだろうか。その先の交通の様子を考慮して、連動して開けた方が良いだろう。複数の交差点の制御に量子アニーリングマシンを利用した研究がいくつかある。
 平常時の最適化のみならず、緊急時の最適化もある。津波などの災害があった際に避難するための経路を案内するアプリに量子アニーリングマシンを利用するというアイデアがある。複数の人間が一斉に逃げること、瞬時に最適な経路を提示する必要があることなどから量子アニーリングマシンを利用したシステムの開発をしている。

 他のテクノロジーとの融合も試行されている。ドローン物流の可能性が次第に出てきた。ドローンも無闇矢鱈に飛ばせば良いものでもない。ユーザーの希望に合わせて届けるだけでなく交通規制のあるなかで、飛ばせる台数の制限を満たしながら効率よく運用する必要があり、その制御に量子アニーリングマシンを利用した実験を行った。
 製造業でのスケジューリング、工程順序、段取りの最適化に対する量子アニーリングの期待は大きい。ただしこの分野はこれまで既存のコンピュータをフル活用した数理最適化の手法が発達しており、なかなか量子アニーリングの有用性が見えてこなかった。とにかく条件が厳しい問題なのだ。間隙をついたうまい段取りを組み立てなければならない。しかし近年の研究の発展は目覚ましく、そうした厳しい条件や突発的な事象に応対する柔軟性の両方を兼ね備えた方法が登場しはじめている。
 意外な応用事例としては「じゃらん」に代表されるホテル予約サイトの表示リストの順序の最適化である。実はあの表示順に応じてユーザーの行動が変化する。同じようなものが並ぶと検索にうんざりしてしまい離脱率が高くなる。うまい具合で混ぜ合わせてユーザーに閲覧してもらう必要があり、量子アニーリングマシンによる最適化を適用した実験を行った例もある。

 新しい材料物質を探索するために量子アニーリングマシンを用いる例もある。量子アニーリングマシンを用いる場合には、何が正解なのかを指し示したプログラムを準備する必要がある。材料物質の探索の場合には、必要な材料の特性値に近づけることが正解となる。また多様な候補物質を見つけ出して欲しいということから、必ずしもきっちりと正解を導く必要もない。今までに見たことのない組み合わせを提案してくれることも重要である。量子力学の曖昧な性質が有効利用される例であり、ちょっと面白い。

 東北大学発スタートアップ企業「シグマアイ」では、さらに量子アニーリングによる独自事業の創出を目指しており、株式会社高速との取り組みでは、倉庫のレイアウトや商品の配置の最適化を量子アニーリングで行い、実際に倉庫の配置入れ替えを実施しながら効果測定を行っている。

 変わり種としては、フォトモザイクアートへの利用があげられる。デジタル画像には1ピクセルという正方形の単位がある。それに色を割り当てて無数に並べることで大きな写真画像を作り出す。それを色の代わりに小さい解像度を少し下げた写真にするのだ。モザイクアートのように写真を並べ、大きな写真作品を作るのだ。時間的に変化させればムービーにもできる。学校や会社では記念事業の際に写真を撮る。長年の歴史があれば積もりに積もった写真素材があるが、その素材でさらに心に残る記念作品が作れる。

 こうした画像をはじめとしたデジタルアートの世界でも量子アニーリングは活用されはじめた。最近の生成AIにおいても、多様な画像を作る際の最初のタネとなる乱数部分に量子アニーリングを適用することができる。ここでキーワードとなるのが、省電力性に優れた量子コンピュータの性能である。現在実用化されている量子コンピュータの多くのアーキテクチャは超伝導技術を利用した電流制御である。ほとんど電力を消費しない量子ビットの素子を利用している。まだまだ超伝導状態を維持するための冷却装置の電力消費が大きめであるため、必ずしも省電力性を言い切ることはできないが、将来の研究開発の進展とともにエネルギー消費を抑えた次世代のコンピュータ基盤として量子コンピュータが活用されることが期待される。

 上記のように枚挙にいとまがないほどの多くの応用事例はあるものの、しかしこれまでのコンピュータでも解くのが難しい組合せ最適化問題で、量子コンピュータだからといって、原理的に早く解くということを保証するような結果は存在しない。使うことはできるが、得意なわけでもない。ただ得意ではないにせよ、やってみると色々な可能性を見つけることができる。実際に量子アニーリングマシンで一部の計算を置き換えることにより高速な解法を実現している。

 量子コンピュータが本格的に活用されるようになると、原理的に既存のコンピュータで成し得ないスピードで計算することのできる例もある。有名な例として素因数分解を早く実行することができるというものがある。これも多くの数字の候補の中から割り算のできる素数を見つけ出すというのだから、探索的なアプローチであり、量子コンピュータを利用することができる。しかもショアのアルゴリズムとして有名な手法を利用すると、これまでのコンピュータよりも圧倒的に答えを導く時間が短いということが証明されている。
 これまでにあまり利用したことのない確率という概念を用いることで計算を進めるのが量子コンピュータである。しかも確率そのものではないため、他にも多くの独特な性質があり、それもあって量子コンピュータの秘めた性能が発現する。しかしその性能をどこで利用したら良いのか、なかなか多くのフィールドがあるわけでもなく、どうしたものか、という悩みは尽きない。他にも中学生のときから頭を悩ませる連立方程式を解くのが得意であったり、それに類する問題を解くことができるが、現状の量子コンピュータでは、解いて欲しい問題を入力することや、いざ実行してみると正確な結果を出すことはできず、なかなかもどかしい。

最後に

 これが現状の量子コンピュータである。
 粒であるとか波であるとか悩んでいた時代とはまた違う悩みが残っている。
 量子を理解したとして、それを操ることのできる時代になったからこそ、次のとくべき謎、知るべきことが現れる。
 こうして人類はきっと同じことを繰り返して、なかなかお風呂の中から抜け出せないでいるのだろう。
 そうしてまたついつい長風呂をしてしまうのである。