未来は"一社では創れない"──次世代通信がつなぐ、産業を越えた共創のかたち
2025年3月17日、京セラみなとみらいリサーチセンターにて、「次世代通信技術開発におけるバリューチェーンを跨いだ共創連携活動」と題したイベントが開催されました。化学・電子・通信・製造など多様な業界から、92名の関係者が一堂に会し、これからの時代に必要な“横の連携”のあり方について議論が交わされました。
背景にあるのは、日本のモノづくり企業に共通する課題——すなわち、「顧客ニーズを的確に捉える力」はあっても、「自ら未来を描き、価値を創造する文化」が根付きにくいという現実。
本イベントは、そうした状況に一石を投じ、「業界の枠を超えた対話と共創」を通じて、日本の産業全体を変える力を生み出そうという試みです。
目次
未来を切り拓く“触媒”──高田氏が語る、変革の必要性と確信
「素材メーカーとして、目の前の要望に応えるのは得意です。でも、果たしてそれだけで、これからの時代を乗り越えていけるのか。」
静かに、しかし力強く語り出したのは、日本触媒・高田亮介氏でした。
この問いには、長年にわたる日本の製造業全体への問題意識が込められていました。高度な技術力を誇りながらも、自ら新しい価値を生み出す文化が根付きにくい。そんな閉塞感が業界に広がっています。
「私たちはずっと、顧客の声を丁寧に拾い、求められるものをきっちり提供してきました。それは日本企業の美徳でもあります。しかし今、それが“足かせ”にもなっている。」
高田氏を中心として始めた「触媒活動」は、こうした構造に風穴をあけるための挑戦です。水平分業により分断されたバリューチェーンの壁を越え、同じビジョンを共有する。まだ明確な“答え”がない未来を、自ら問いながら探っていく場です。

高田氏は「旗が立てば、日本企業は強い」と語ります。旗とは、すなわち共通のビジョン。方向性が定まれば、日本の製造業は一気に動き出すだけの底力を持っている。だからこそ、“旗を掲げる役割”を、今こそ担おうというのが触媒活動の姿勢です。
「誰かが未来を描かなければ、今ある強みも活かされない。素材メーカーだって、未来を描いていいんです。」その声には、未来を見据えたリーダーとしての静かな覚悟がありました。
Beyond 5Gは“通信のその先”へ──石津氏が語る、社会構造の再設計
「Beyond 5Gと聞いて、何を思い浮かべますか? 単に通信速度が上がる話ではありません。」
そう語り始めたのは、国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)Beyond 5G デザインイニシアティブの石津健太郎氏です。石津氏が伝えたかったのは、「Beyond 5Gは技術の進化であると同時に、社会の在り方そのものを変える転換点だ」ということ。

Beyond 5G デザインイニシアティブ 石津健太郎氏
これまで通信は、個人とサービス、あるいは企業と顧客をつなぐ“道具”でした。しかし、Beyond 5Gの世界では、その“つなぎ方”が根本から変わります。
「これからは“1社で完結する事業”がどんどん減っていきます。課題が複雑化し、社会全体で応えていく必要がある。そこで通信が果たすのは、“関係性のインフラ”としての役割です。」
その未来像を具現化する試みが、NICTが構想する「産業間オーケストレーション体験システム」です。
このシステムでは、たとえば農業、交通、医療、製造といった本来交わることのなかった産業が、“都市”という共通のキャンバスで連携し、住民の安全や利便性を支える様子を体験的に理解できます。災害時の対応、高齢者支援、観光案内、スマート物流──いずれも異業種が連携しなければ成り立ちません。

「技術を議論する前に、“共創の実感”が必要です。」石津氏の言葉は、技術の話でありながら、人間関係や社会のデザインにまで踏み込んでいました。触媒活動のように、業種を超えて共通の未来を描く場があるからこそ、Beyond 5Gは“現実の力”になる。そんな確信を持って、石津氏は語り終えました。
「できないこと」に価値がある。――OriHimeが切り拓く、包摂のテクノロジー
「私は7年前に難病を発症しました。人と接する仕事がしたくても、自力で外出することができない。でも、OriHimeのおかげで、夢が叶ったんです。」
そう語ったのは、分身ロボット「OriHime」のパイロットとして活躍する小泉萌氏。彼女の言葉は、会場に集まった多くのビジネスパーソンの心に、じんわりと染み込んでいきました。

OriHimeは、病気や障害、子育てや遠隔地居住など、さまざまな事情で外出が困難な人々が、自分の“分身”として社会とつながることを可能にするロボットです。小泉氏は、体を以前のように動かせなくなっても、OriHimeを通じてカフェの接客やオンラインイベントの運営に関わることで、社会と自分との間に確かなつながりを感じているといいます。

「障害は、テクノロジーの敗北です。」
強い言葉で現状を問い直したのは、FLEMEE事業責任者の加藤寛聡氏です。オリィ研究所では、「人類の孤独を解消する」というミッションのもと、分身ロボットを活用した雇用や教育の新しい可能性を切り拓いてきました。
加藤氏は、これまでの常識──「働けるとは、身体が動くこと」という固定観念に一石を投じたいと語ります。OriHimeによって働く人々は、「ありがとう」と言われることで自信を持ち、自分の価値を再確認していきます。
「できる・できないという線引きではなく、“誰と、どうつながるか”という視点が社会に必要です。」
この言葉に、多くの参加者が深くうなずきました。
OriHimeは今、企業との連携による障害者雇用の拡大や、中高生への教育活動にも活用が進んでいます。ただのロボットではなく、人と社会とを再接続する“感情のインターフェイス”でもあるのです。異業種が共創する触媒活動の中でも、こうした“包摂の技術”は重要なインスピレーションを与えてくれます。テクノロジーの進化が「効率」だけでなく、「関係性」や「役割の再定義」につながることを、あらためて実感させる時間となりました。
現場から問い直す「オープンイノベーションのリアル」──京セラ・大崎の挑戦
最後に登壇したのは、イベント会場を提供した京セラ株式会社 オープンイノベーション推進部の責任者・大崎です。
京セラは2019年、みなとみらいリサーチセンターを設立。「目立つ」「つながる」「挑戦する」をキーワードに、テクノロジーの共創と地域との協働を軸に据えた活動を展開してきました。その取り組みは、いわば“技術の実験場”であると同時に、“文化の接点”でもあります。
「私たちが重視しているのは、リアルとバーチャルの融合によって、予定調和ではない“偶発的な出会い”をいかに仕掛けるかです。」
そう語った大崎は、これまでの取り組みの中でも特にユニークな例として「異種格闘技戦」と呼ばれるイベントを紹介しました。このイベントでは、異なる領域の技術者、研究者、起業家があえて交わることで、「想定外の発火点」を生み出すことを狙っています。事業領域もバックグラウンドも異なる者同士がぶつかることで、日常業務では得られない“視点の揺さぶり”が起きるのです。

しかし、理想と現実のギャップにも直面しています。
「年間300件以上の新規コンタクトがありながら、新しい事業につながる成果はまだ多くはありません。」
この正直な声に、会場からは多くの共感が寄せられました。新規事業創出過程におけるKPI設計の難しさ、試行錯誤の連続、そして“成果を焦らず待てる組織風土”を育てることの重要性。まさに、多くの企業が抱えるリアルな課題でもあります。
それでもなお、大崎はこの活動の価値を信じ続けています。
「オープンイノベーションとは、“見つける”ものではなく、“育てる”ものです。」
その言葉には、偶然の出会いと熱意を“価値に変える”までの、粘り強い実践者としての覚悟がにじんでいました。
熱を帯びた対話が、次の共創を動かしはじめる——活気あふれるネットワーキングの現場から
登壇セッションの終了後、予定されていた1時間のネットワーキングは、結果的に2時間以上も続く熱気に包まれました。
会場には、化学、電子、通信、製造、商社、研究機関、素材、エネルギーといった多様な分野の参加者たちが集い、それぞれの課題やアイデアを持ち寄って、対話が自然と始まっていきます。共通していたのは、技術そのものへの興味だけでなく、「どうすれば、業界の枠を超えて共創を育てていけるか?」という問いに対する真剣なまなざしです。

名刺交換にとどまらず、実際に連携できそうなテーマについて即席で議論を始めるグループも多く、参加者の間ではすでに“次のステップ”が見えはじめていました。それは単なるネットワーキングの時間ではなく、“関係性の種”がまかれた瞬間でもありました。
バリューチェーン全体の連携が、これからの技術革新において重要な推進力になる——。その確信が会場に静かに、しかし確かに広がっていたのです。この場をきっかけに、それぞれの分野でまた新たな「共創の芽」が動き出していくことでしょう。