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"Aquala® technology"産学連携による医療イノベーション

 産学連携のもと臨床への応用が進められた“Aquala®(アクアラ) technology”は、人工関節の耐久性を飛躍的に伸ばすことが期待できる技術として臨床の現場に届けられています。日本のものづくりの力を結集した医療イノベーションをもたらす革新的な技術として一歩を踏み出して10年が経過しましたが、引き続き、多くの患者やその家族に福音をもたらすものと期待されています。
 ※「Aquala」は京セラ株式会社の登録商標です。

 医療の進歩や生活基盤の整備に加え、2008年をピークに総人口は減少に転じており、日本は世界でも類を見ない超高齢社会へ突入しています。超高齢社会と運動器(関節や脊椎などの骨格とそれを動かす神経、筋、靭帯など)の疾患の増加は密接な関係を有しています。また、高齢者の就業者数も年々増加しており、60歳を過ぎても多くの方々が就業を希望しているようです。つまり、社会全体として健康寿命の延伸に対する要望は大きく、運動器の障害、特に股関節の機能障害による歩行能力の喪失を予防すること、あるいは回復させることは重要な課題といえます。人工股関節置換術は疾患や骨折等により機能障害をきたした股関節を人工関節に置き換える手術で、国内で年間14万件の手術が行われています。しかし、人工股関節の耐用年数は一般に15~20年といわれており、手術を受けた患者には、生涯のうちに人工股関節の入れ換えの手術(人工股関節再置換術)が必要となる可能性があります。したがって、人工股関節の長期耐用化(長寿命化)への期待は高く、その研究開発は急務でした。

 
 
 京セラは、この難題を東京大学との産学連携により解決しました。産学連携は、新材料・新技術の研究開発や新製品・新事業の創出を図ることを目的として、大学などの研究機関と民間企業が連携し、社会に貢献しようとする活動で、オープンイノベーションの一つの形態です。京セラは、東京大学を中心に多くの研究機関との産学連携を積極的に行い、人工股関節の耐久性を飛躍的に伸ばすことが期待できる革新的な技術“Aquala technology”を開発しました。

生体に学ぶ!バイオミメティック技術

 生体の股関節軟骨は、体重の数倍の荷重を受け続けるにもかかわらず、少なくとも数十年にわたり関節面を保護し、その潤滑機構を改善する優れた表面構造を構築しています。一方、人工関節の形状は、生体本来のものに近づくように設計されているにもかかわらず、関節面に関しては、ポリエチレン・金属・セラミックスなど素材を構造体として利用するだけで、その表面の構造や機能を生体の関節軟骨表面のそれらに近づける試みは行われてきませんでした。

 
 これに対し、私たちは生体の関節軟骨の構造、機能に着目し、親水性ポリマーを用いて軟骨を模倣した水和ゲル層を人工関節面に創製するバイオミメティック技術を着想しました。関節軟骨の構造を模倣した水和ゲル層により、関節軟骨と同じ水和潤滑という潤滑機構を獲得できるというコンセプトです。具体的には、関節面を構成するポリエチレンの表面に日本独自の合成リン脂質材料であるMPCポリマーによるゲル層をナノメートル単位で形成させました。この表面処理技術を“Aquala technology”と呼んでいます。

光を使ったポリマーグラフト重合

 水和ゲル層の耐久性を確保するために、ポリエチレン表面からMPCのグラフト重合を開始して、MPCポリマーとポリエチレンを化学結合にて直接固定できる光開始ラジカルグラフト重合による処理技術を確立しました。具体的にはポリエチレン表面に光増感剤であるベンゾフェノンを吸着させた後、MPC水溶液中で紫外光を照射することによりポリエチレン表面にラジカルを発生させます。このラジカルを開始点としてMPCを重合し、MPCポリマー層を形成させる方法です。形成されたMPCポリマー層は水媒体中で水和し、あたかも生体軟骨表面のプロテオグリカン層と同様の構造となるのです。

 この結果、疎水性のポリエチレン表面の水ぬれ性が劇的に向上します。その表面の動的摩擦係数は、高荷重負荷(面圧は約60 MPaで、人工股関節摺動面の約10倍に相当する)でさえ、処理前のポリエチレン表面の1/10にまで低減しており、非常に低い値を示しました。その値は、生体の関節軟骨表面と同等(日常生活動作における動摩擦係数として0.02以下とされる)にまで達しており、MPCポリマーによる水和ゲル層は高い潤滑性を持つことが明らかになっています。

臨床の現場へ

 バイオミメティック技術を基盤として鋭意研究開発した結果、通常の生活において70年以上に相当する摩耗耐久性を実現し、従来製品より格段に耐用年数の延長が期待できる長寿命型人工関節の実用化に成功しました。良好な基礎研究の結果を経て、2007年より東京大学を中心とした5つの医療機関においてMPCポリマー処理したポリエチレンを実装した人工関節の臨床試験(治験)を実施しました。その結果、医療機器としての安全性、有用性が確認できたため、2011年から厚生労働省から製造販売承認を得て臨床の現場に製品が届けられています。実用化から10年が経過し、既に76,000例の患者に使用されており、様々な臨床機関による臨床成績の報告も始まっています。

光開始グラフト重合技術の拡張

 “Aquala technology”は、ポリエチレン表面に吸着させた光増感剤であるベンゾフェノンに紫外光を照射することにより重合反応を起こす光開始ラジカルグラフト重合ですが、この開発過程で得られた知見は、新たな可能性を見出しています。京セラは、スーパーエンジニアリングプラスチックであるポリエーテルエーテルケトン(PEEK)に代表されるポリアリルエーテルケトン(PAEK)の分子内に含まれる芳香族ケトンユニットが、光増感剤として一般的なベンゾフェノンと同様の機序で光ラジカルが発生することを世界で初めて明らかとし、この反応を利用したラジカル開始重合(自己開始グラフト重合法)も実現しました(京セラ調べ*¹)。これは、重合するモノマー種を選択することで、PAEK表面の改質を任意に行えることを示しています。この概念を拡張することで、医療分野にとどまらない技術へと発展すると期待しています。

日本から世界へ

 医師・患者側の「ニーズ」と、MPCポリマーを応用したバイオミメティック技術という「シーズ」のマッチングから生まれた“Aquala technology”は、人工股関節の再置換術を回避することが期待できるとともに、これまで手術適応がなかった若年患者への適応が可能になるなど、患者・家族に対してはもちろん、社会に対しても多くのメリットと可能性を有すると期待されています。国内の人工股関節市場に目を向けた場合、およそ8割は欧米製品で占められていますが、小柄な日本人の体格や、欧米にはない生活様式(正座など)にあわせた製品が求められています。日本発のバイオマテリアル技術として開発された“Aquala technology”は、インプラントの設計や臨床における医師の選択の自由度を広げることで、それらのニーズに応え、市場の現状を打開することが期待できる技術です。また、海外の市場に目を向けた場合、その市場規模は国内の約8倍ですが、特に体格の大きな欧米人にとって、人工関節の耐久性の向上はより喫緊の課題としてとらえられています。京セラは、人工股関節の耐久性を飛躍的に伸ばすと期待される“Aquala technology”が、医療イノベーションをもたらす日本発の技術として、国内はもとより、広く海外においても用いられることで、医療や社会の進歩発展に貢献していきたいと考えています。

*1 Kyomoto M, et al. Self-initiated surface graft polymerization of 2-methacryloyloxyethyl phosphorylcholine on poly(ether ether ketone) by photoirradiation. ACS Appl Mater Interfaces. 2009;1(3):537-542.

特許5566906 グラフト重合方法およびその生成物
US Patent 8795841 Graft polymerization method and product

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