「熱膨張率ゼロ」への挑戦!低比重・低熱膨張セラミック材料の開発
低比重・低熱膨張セラミックスが、皆さんにとってどのような価値があるのかをご紹介するのは、考えてみるととても難しいことです。一人一人にとても身近な存在なのに気が付かれにくい、このチャレンジの代表選手は、1999年に太平洋上ハワイ島に聳える標高4,205mマウナケア山頂に設置された国立天文台の「すばる望遠鏡」です。2012年8月に性能向上し、換装された新型超広視野カメラHyper Suprime-Camのレンズを支える構造用部品や、赤外線観測装置などに採用されたのです。
これらの部品には、「低熱膨張」「軽量」「高剛性」「高強度」「高い寸法精度」という五つの厳しい条件が求められていました。この条件をすべてクリアしたのは、18個に及ぶ京セラのファインセラミックス、コーディエライトでした。この材料は、天然では菫青石(きんせいせき)という宝石でも知られています。
私たちが開発したコーディエライトは、1℃の変化による歪みが僅か±1.94×10⁻⁸m *¹という性能で、130億光年(約1026m)の遥か彼方までの宇宙観測を支えています。
*¹…直径970mmに於いて温度22~23℃の場合
実は、低熱膨張材料は生活のもっと身近なシーンを支えるための重要な材料技術として開発されています。それは、スマートフォン、イメージセンサー、富岳などのスーパーコンピューターをはじめとするコンピューター、そして自動車の半導体の製造装置用途です。
開発競争が繰り広げられるこの業界では、次世代の高精度材料が必要とされてきました。最高レベルの技術が結集する半導体製造装置用部品の開発が、この材料の主たるマーケットであり、私たちは高度な材料・焼成技術を磨き上げることで期待に応えてきました。
目次
広大な宇宙と微細な半導体プロセス、真逆の世界での戦い。
現在主流の半導体量産用シリコンウェハーは、直径300mm、厚さ0.775mm、重さ約140g、大きく、薄く、軽い材料です。また、近い将来には直径450mmへの大型化が予定されており、更なる低熱膨張性能向上への期待が大きくなっています。
今日の社会を動かしている半導体のデザインルールは「7×10⁻⁹m~10×10⁻⁹m」(髪の毛の太さの10000分の1)と狭ピッチになっています。
半導体露光装置のウェハーステージは、露光装置の環境温度変化、露光処理時のレーザー光による局所的な温度上昇による寸法変化を抑えるために低熱膨張性が重要になっています。ウェハーステージには、正確で素早い連続露光性能を保証するため、高剛性、軽量、低重心が必要になってきます。
これを解り易く表現すると、ステージの動作が俊敏でパターン間の移動時間が短くできる性質が求められている(比剛性=ヤング率/密度を高める)ということです。
低熱膨張ガラス材料は比剛性が低く、半導体露光装置ではスループットが高くなると振動が発生し適用が困難になることが分かってきました。この課題解決に対して私たちが着目したのが、比剛性が高いコーディエライト材料でした。
コーディエライトは化学組成Mg₂Al₃(AlSi₅O₁₈)で表される斜方晶系のケイ酸塩鉱物です。厳密に材料設計を行うことで、熱膨張係数 CTE:Coefficient of Thermal Expansion を使用温度で究極ゼロに近づけることができると私たちは考えました。
コーディエライトは室温近傍では負の熱膨張係数を持っている物質です。私たちは、使用される環境温度で最適な性能を発揮し、製造工程で安定した生産を行えるように、材料の配合比や粒子径、焼結助剤、着色剤、高剛性添加剤の適切な添加により目標の実現を目指すことにしました。
熱膨張係数を制御するためには、上記に加えて材料組成、不純物の含有、結晶相とその比率までも管理する必要があることも分かり、これまでに築き上げたセラミックス材料の工程設計の知識や経験を基に工程を作り上げることに成功しました。
私たちは、コーディエライトで熱膨張係数の保証値を0±20 ppb/K*² at 22℃(弊社材料コード:CO720)とすることに成功し、ArF液浸露光装置*³に採用されました。また、この材料は「すばる望遠鏡」にも採用されることになり、天文、宇宙分野へも応用展開の視野を広げることになりました。
*²…[ppb/K…parts per billion(パーツ・パー・ビリオン)/kelvin(ケルビン):長さ、体積の変化率の単位:熱力学温度1ケルビン当たりの10億分率]
*³…ArF液浸露光装置
アルゴンとフッ素、ふたつの混合希ガスが励起結合して放射するエキシマ・レーザー深紫外光(DUV)の波長は193 nmと短く、投影レンズとウェハーの間を純水で満たして解像性を上げ、2007年以降のロジック半導体の性能向上に寄与しました。その後、多重露光技術も機能追加され、高機能・高速演算のためのデザインルールの微細化に対応し続けています。
極微小熱膨張率の評価
しかし、熱膨張係数の改良は、評価方法の点で、新たな課題を生むことになります。従来からある複数の測定方法では、CO720の性能を評価できなかったのです。
私たちは、従来の評価方法の中から最も分解能が高い光干渉法に着目し、最先端の評価技術を探し求めました。その結果、国立研究開発機構の産業技術総合研究所AISTが、更に一桁感度アップしていた光干渉式評価装置を採用し、0±10 ppb/Kの評価が可能になっていることが分かりました。
そこで材料の開発にあたり、産業技術総合研究所の技術指導の下、「二重光路式ヘテロダイン型レーザー干渉計」の導入を決め、2015年7月には自社製の超高精度熱膨張測定機を完成させることが出来ました。
新材料CO730への挑戦
その後、2018年に開発したCO730では、CO720の材料設計思想を継承しつつ、使用原料の微粒子化と従来の原料製造プロセスの見直しを行いました。材料の微粒子化をしながら、敢えて混合粉砕の時間を短くして粉砕混合容器などから発生する不純物を極限まで低減しようと考えたのです。この逆転の発想で熱膨張係数のバラツキの抑制に成功し、「0±10ppb/K at 22℃」を達成することが出来たのです。
下の表には材料特性比較の数値を示しています。
そしてさらなる高みへ…。
最先端のMPU、CPUやDRAMなどの半導体は、現在に至るまでムーアの法則から逸脱することなく高速、多機能、大容量に向かって進んできました。今後も段階的に(7~3nmから3~1.4nmへ)デザインルールの微細化が止まることなく計画されています。私たちが提供する露光ステージにも仕様の厳格化の要求がますます厳しくなってきています。
一方、コーディエライトは長期的な寸法安定性と宇宙放射線に対する安定性の高さも評価され、精緻を極める天文観測用の光学システムにも選ばれてきました。また、近年では地球観測衛星搭載用の衛星ミラーへの採用も近づいています。
極小の半導体製造分野から、遥か無限を望む天文宇宙分野における技術の進歩・発展にも貢献することが期待されているのです。私たちは、ご紹介したCO730や次の材料技術を提供して明日の豊かな社会にむけて貢献してまいります。
【関連情報】JFCA 2020/冬 38/1 低比重・低熱膨張材料(CO720/CO730)の開発 古瀬 辰治