OIA Open Innovation Arena
  1. Home
  2. オープンイノベーションアリーナ
  3. Catalog
  4. 磁気の魔法が顕微鏡の中に現れる!量子センサーヘッドの開発

オープンイノベーションアリーナ

磁気の魔法が顕微鏡の中に現れる!量子センサーヘッドの開発

 普段の生活になくてはならない磁気。小学校の理科の実験で、磁石がいろんなものを吸い寄せる不思議な力に驚いたのではないでしょうか?
 周りを見回しても、磁石が使われているものはたくさんあります。磁気のくっつく力を使ったものは、お土産で買ったマグネットとか、冷蔵庫の扉とか。ちなみに風水的に冷蔵庫にマグネットを貼り付けるのはNGらしいですよ。また、電気との組み合わせで力を発揮するモーターは家中のいたるところにありますし、磁気の模様でデータを記録するものとして、ビデオテープやデータセンターの中で多種多様なビッグデータを保存するための大容量ハードディスクにも使われています。
 このようにさまざまなところで使われている磁気は、普段私たちの目には見えません。もし、磁気が見えるようになると、上記のデータ記録用磁気テープの特性を把握したり性能を改善したりできるだけでなく、さまざまな磁気を媒介とした対象物の観察や評価ができるようになるため、この分野の研究開発に大きく貢献できます。

開発背景

 この見えない磁気は、現時点でも磁気センサーを使うことで感知することができています。磁気センサーの代表的なものとして、ホール素子、(TMRなどの)磁気抵抗素子などが知られています。
 ホール素子は、図1のように、磁石などにより発生する磁気を感知するセンサーで、細長い板状の素材でできています。磁気の強さに応じてホール電圧VHの大きさが変化するため、このVHを測定することで磁気を測定することができます。このホール素子の動作原理をもう少し詳しく説明すると次の通りです。

 ホール素子の板には電気が流れる素となるたくさんの電子が溜まっています。①③に電圧をかけると、これらの電子は移動して電流Iとなります。さらにこの板に図のように上から磁石を近づけると、左手の人差し指の方向に磁場Bがかかります。そしてこの状態で中指の方向に電流Iが流れているので、電子は親指の方向に力Fを受けて④に移動し②④にホール電圧VHが発生します。
 そう、昔、中学校で習ったフレミングの左手の法則です。このように、磁石の強さによってホール電圧VHが増えたり減ったりします。これを利用して、ホール素子は「磁気の強さ」を電気の信号として感知できるようになっています。

 ところが、これらの磁気センサーでは、置いたその付近の磁気は分かりますが、それ以外の場所の磁気を見るためには、磁気センサーを移動させるか、または予め複数を並べる必要がありました。また磁気の「模様」を細かく見ようとすると、より細かく移動したり、細かく並べたりする必要があることから、磁気の模様を画像として子細にとらえることは現実的でありませんでした。従来の他の方式の磁気センサーでも同様です。つまり、磁気を観察するための実用的な顕微鏡がこれまで無かったのです。

磁気の不思議を手軽に観察!京セラ開発の量子センサーヘッド

 今回、京セラ(先進マテリアルデバイス研究所)が開発した量子センサーヘッドは、図2に示すようにダイヤモンドの極表面にNVセンター(窒素空孔中心)と呼ばれる微細な磁気検出部を無数に作製し、これらを適切に動作させる回路などとともに一つの基板上に組み込んだものとしました。
 これによって、磁気の強さの情報がダイヤモンドの赤色発光の変化に変換されます。それを通常の顕微鏡で使用されているカメラ(イメージセンサー)などで観察することにより磁気の「模様」を簡単に見ることができます。

 この量子センサーヘッドを使った磁場顕微鏡は、主に観察光学系と量子センサーヘッドの2つの部分から構成されています。観察光学系は鏡筒ユニットに収容され、対物レンズの先端に量子センサーヘッドが取り付けられており、一般的な顕微鏡のような形となります(図3)。
 量子センサーヘッドの下側が磁気検出部であり、この部分をステージ上の対象物に近づけて観察すると、量子センサーヘッドで得られる赤色発光の磁気の像をイメージセンサーで撮影することができます。

※主に磁場イメージングの原理に関しては慶應義塾大学、ダイヤモンド NV センターの試作評価に関しては金沢大学との共同研究です。


2μm幅まで検出可能な高分解能

 “アンペアの右ねじの法則”のように、磁気が見えるということは、そこに流れている電流が見えることになります。次に、この量子センサーヘッド(試作品)を用いて電流を観察した例を示します。図4は、微細回路に流れる電流を観察した結果です。この場合、最小のライン&スペース 2μmまで、電流に応じた磁場像が観察されました。

 まず、ガラス基板上に約300nmの厚さの金(Au)薄膜からなる導体パターンの微細回路を、フォトリソグラフィ技術を用いて作製します。パターン形状は、4aに示す通り、蛇のように折れ曲がる逆Sの字の形状にします(蛇行線といいます)。
 この折れ曲がりにより、隣り合う2つの導線に、行き帰り反対方向の電流が流れ、導線の周辺で磁気が強め合うように働き、磁気が見やすくなります。そしてその蛇行線に電流を流したときに、その周囲に発生する磁気の模様が観察された結果を4bに示します。ガラス基板上に作った蛇行線の幅が2μmの場合、磁場観察結果に2μmの青い幅が確認できています。他のセンサーでは得られない高分解能な検出ができていることが分かります。

磁気ナノ粒子も観察できる高感度

 電流が流れない時の磁場の観測精度については、磁気ビーズ(磁気ナノ粒子)を使って確認することができます。磁気ビーズは粒径 60nm の酸化鉄でできているものですが、これをガラス基板の上にたくさんばら撒いておき、それらに永久磁石を近づけて磁化させた上でその様子を観察します。
 磁気ビーズが10~20個程度凝集していると推定されるところの磁場像の観察結果が図5になります。

 一方、図6のシミュレーションでは、2μm四方の範囲に磁気ビーズが20個存在すると仮定したモデルで、磁気の模様がどのように見えるかを計算により求めました。その結果、この磁気の模様の予想は、図5の観察結果と形がよく似ていて、微細な磁気ビーズ20個程度が集まった様子の観察可能性が高いことが分かりました。
 量子センサーの感度は、現在の1000倍程度高められる可能性が分かっているので、今後は磁気ビーズ1個単位の観察が可能になると期待されます。

 この磁場顕微鏡は、対物レンズの先端にセンサーヘッドを取り付けるだけのシンプルな構成でありながら、今までにない高感度・高分解能に磁気をセンシングできるとともに、その状況を通常のイメージセンサーで画像として読み取りができることで、見える範囲の磁場を素早く観測することが可能です。
 磁気を感じるNVセンターはダイヤモンドのごく表面に非常に薄い層状に作製され、その反対面側から励起用のレーザー光とマイクロ波が適切に入射するようにセンサーヘッドを設計したことから、磁気検出面を観察対象物に自由に接近させることが可能となりました。ダイヤモンドは非常に硬く、他の物質との反応性が低いので、観察対象物と完全に接触したとしても磁場顕微鏡として問題になることはありません。    

磁気を可視化する驚きや発見の未来

 半導体ウェハやプリント基板などの検査では、外観検査装置を使った画像解析により、パターンや電子部品などの異常を検出するという方法がとられています。ところが、昨今の小型化や微細化によって、外観だけでは導体の接続状態を見極めることが難しくなってきています。
 このような場合でも、磁場顕微鏡で電流を直接観察すれば、予期しない部分に電流が流れていたり(ショート)、流れていなかったり(断線)で判別できるようになります。さらに、ここで得られる磁気画像を AI や機械学習と組合せることによって、自動で高速な検査も期待できます。

 また、上述のように磁場顕微鏡を用いると「非接触」で電流などの回路上の電気的な状況を観測することができます。実は、これも磁場顕微鏡の大きな特徴の一つです。
 従前、電気的な状況を観測するには、接触端子を備えるオシロスコープや電流計・電圧計などが用いられていましたが、接触端子で実際に回路に接触すると、その回路の電気的な状況は変化してしまいます。つまり、「接触」という手法を用いる限り、どうしても精密な電気的状況の観測はできませんでした。しかし、この磁場顕微鏡は、回路に直接触れずに「非接触」で電気的な状況を観測することができることから、従前に比べてより精密な電気的状況の観測が可能となります(うず電流探傷法などと組み合わせます。ただし、観察対象物によっては制限があることもあります)。

 これ以外にも、ライフサイエンスの分野では、蛍光マーカを用いた生体物質の観察のために顕微鏡が使われています。この既存の顕微鏡の対物レンズの先端に量子センサーヘッドを取り付けて、蛍光マーカの替わりに磁気マーカを使用すれば、磁気マーカが固定化された生体物質の動的観察が可能となり、これまでできなかったような細胞内部の相互作用などを調査・観察ができるようになるかもしれません。例えば、世界中で猛威を振るったコロナウイルスの大きさは直径100nm程度と言われており、そのような小さな生体物質に磁気ビーズがくっつくようにすることにより、生体物質のミクロな観察への応用も期待されます。

 他にもユースケースはたくさんあると思います。関心をいただけた皆さんとともに利用価値を検証し、新たなユースケースを開拓していきたいと思っています。

この記事の感想をお聞かせください