ダイナミックケイパビリティとは?事例や企業で取り入れるべき点について紹介
ダイナミックケイパビリティはカリフォルニア大学バークレー校ハース・ビジネススクールのデイビッド・ティース教授により提唱された「企業が変化していく環境に適応する能力」を指します。
この記事では、ダイナミックケイパビリティについて、自社内で取り入れるべきポイントや、混同されるオーディナリーケイパビリティとの違いなどについて解説します。
目次
ダイナミックケイパビリティ論とは?
ダイナミックケイパビリティとは、企業が変化する環境に対応して自身を変える能力です。この能力は競争力を維持するために必要なものであり、企業変革力とも呼ばれます。
ダイナミックケイパビリティ論は、カリフォルニア大学バークレー校のデイビッド・ティース教授が提唱した戦略経営論です。ティース教授は、ダイナミックケイパビリティを感知(センシング)、捕捉(シージング)、変容(トランスフォーミング)の3つに分けて考えました。
オーディナリーケイパビリティとの違い
オーディナリーケイパビリティとは、自社の資源や技術を効果的・効率的に使って価値を提供する基本的な能力です。「ものごとを正しく行う」能力とも言えます。
オーディナリーケイパビリティは特定の状況下で最適な方法として認められるもので、他社から模倣されやすいため、オーディナリーケイパビリティだけでは競争優位性を保つことができません。なお、オーディナリーケイパビリティとダイナミックケイパビリティは、縦の階層の関係にあります。ダイナミックケイパビリティは、オーディナリーケイパビリティを再構築・進化させ「正しいこと」を行うために作用します。
ダイナミックケイパビリティはオーディナリーケイパビリティより高次の能力で、オーディナリーケイパビリティがあってもダイナミックケイパビリティがあるとは限りません。しかし、ダイナミックケイパビリティがあればオーディナリーケイパビリティは存在するといえるでしょう。
ダイナミックケイパビリティの3要素
ダイナミックケイパビリティの3要素である感知(センシング)、捕捉(シージング)、変容(トランスフォーミング)について解説します。
感知(センシング)
感知とは、環境の変化によって生まれる機会や脅威を感じ取る能力です。経営者層が主に担うもので、市場や顧客のニーズ、競合他社の動向や技術革新などを常に分析・洞察することが必要です。
捕捉(シージング)
捕捉とは、感知した機会や脅威に対して、自社の資源や技術を再構成して競争力をつかむ能力です。経営資源の配分や組織構造の変更などを行うことで実現されます。また、捕捉はダイナミックケイパビリティの中心核であり、特に重要な能力です。
変容(トランスフォーミング)
変容とは、競争力を持続させるために、組織全体を刷新して変化させる能力です。経営文化や人材育成などを通じて実現されます。変容は上記の2つの能力を持続化するために必要な能力です。
ダイナミックケイパビリティはなぜ必要なのか
ダイナミックケイパビリティは、デジタル技術の革新や進むグローバル化など、さまざまな環境の変化に対応できます。ダイナミックケイパビリティを実現するためには、デジタル技術を活用したり、海外市場や競合他社の動向を把握したりすることが重要です。ここからはダイナミックケイパビリティが求められる理由を考察します。
急速な環境の変化
経営環境はデジタル技術の発展など、さまざまな要因で急激に変化します。たとえば、昨今の新型コロナウイルス感染症の拡大もその要因のひとつと言えるでしょう。未曾有の変化に対応するためには、既存の事業や資源を効率的に運用する能力であるオーディナリーケイパビリティだけでは不十分です。なぜなら、他社に追いつかれたり、市場のニーズに合わなくなったりする可能性があるためです。
ダイナミックケイパビリティによって、新たな価値を創出し、競争優位性を維持できます。たとえば、写真フィルムから化粧品や医療品へと事業を転換した企業や、自動車から電動バイクや航空機へと事業を拡大した企業は、ダイナミックケイパビリティを発揮したと言えます。
デジタル技術の革新
デジタル技術は日々進化しており、人々の生活や働き方に大きな影響を与えています。たとえば、スマートフォンやSNS、クラウドサービスなどは情報の収集や共有、コミュニケーションの方法を変えました。また、AIやIoT、ビッグデータはものづくりやサービス提供の方法を変化させています。デジタル技術は、企業にも大きなチャンスとともに課題をもたらしています。チャンスとして新しい市場や顧客層の開拓や既存のサービスの改善が挙げられますが、一方の課題として、適応や競合他社との差別化が求められます。
そこで、デジタル技術によって得られるデータや知見をもとに、自社の事業や資源を素早く再編成するダイナミックケイパビリティの発揮が求められます。
たとえば、注文から決済までをオンライン上で行えるようにしたり、AIで最適な配送ルートを算出したりすることは、デジタル技術を活用するダイナミックケイパビリティを発揮した事例です。
進むグローバル化
グローバル化のメリットとして海外市場への進出や海外からの人材や技術の獲得が挙げられます。一方、デメリットとして海外からの競争圧力や規制の違いに対応しなければならない点が挙げられます。
国際競争力を高めるために求められるのは、海外市場や競合他社の動向を把握して自社の事業や資源を適切に配置するダイナミックケイパビリティです。具体的には、海外でのニーズに合わせて商品やサービスをカスタマイズできるように改善する、海外でのパートナーシップを強化するなどが挙げられます。
ダイナミックケイパビリティに必要な能力と戦略
ここからはダイナミックケイパビリティを実践するために欠かせない4つの能力や考え方を紹介します。
経営者の能力
自社の強みや弱みを正しく理解し、市場の変化に応じて事業を変える力が求められます。これは経営者が備えておくべき能力のひとつです。事業の型にとらわれて新しい技術やニーズに対応できない企業は、オーディナリーケイパビリティしか持っていません。
オーディナリーケイパビリティは安定した環境で効率的に事業を行う能力ですが、不確実な時代には不十分です。経営者は、自社の資源を有効に使いながら外部の動きを見逃さず、柔軟に対応できる能力を身につけなければなりません。
限りある資源を活用する
ダイナミックケイパビリティは新しい資源を獲得するのではなく、人材や技術、知識などの資源を再利用することで競争力を高める方法です。限りある資源を活用する事例として、コア技術である半導体製造技術を応用して、太陽電池やLEDなどの新しい製品を開発した企業が挙げられます。
また、人材も重要な資源です。社員のスキルやモチベーションの向上やコミュニケーションの改善により、組織全体のパフォーマンスを向上させられます。
外部環境の感知能力
外部環境の感知能力とは、自社の市場や顧客、競合他社などの動向を正確に把握し、危機やチャンスを早く見つけられる能力です。たとえば、ニーズがある場所をすばやくキャッチして適切なサービスを展開すると、売上につながります。
外部環境の感知能力を高めるためには、データ収集や分析などの手段を活用したり、自社だけでなく他社や他業界の事例を参考にしたりすることが有効です。
DXの推進
DXとはデジタルトランスフォーメーションの略です。デジタル技術を使って経営や業務を変革することで、ダイナミックケイパビリティの強化につながります。なぜなら、DXは外部環境の感知能力を高めるだけでなく、限りある資源を活用することや組織を変容させられるためです。
店舗だけでサービスを売る場合は、その店舗がある地域のお客様しか来店できませんが、ECサイトなどを活用することで多くのお客様にアプローチできます。また、販売データを活用して売れる商品を可視化できれば、さらなる売上アップにつながるでしょう。
しかし、残念ながら多くの企業はDXを十分に活用できていません。DXを推進するためには、まず経営者の意思表明やビジョンの共有が欠かせません。それと同時に社員のデジタルスキルやマインドセットを育てることも必要です。
ダイナミックケイパビリティの実際の事例
ダイナミックケイパビリティの国内事例として、3つの企業を紹介します。
ダイキン工業
ダイキン工業は空調機のメーカーですが、ダイナミックケイパビリティを高めるために以下のような取り組みを行いました。
・R&Dと新技術選択プロセスにおける組織変革
研究開発部門と事業部門の連携を強化し、市場のニーズや技術動向を素早く感知することで、新技術の採用や開発方針の決定を迅速に行えるようにしました。
・企業組織の境界を越えた戦略的提携と外部技術の活用
自社では持っていない技術や知識を持つ他社と提携し、資源の共有や共同開発によって、新たな価値を創出。たとえば、フッ素樹脂事業で日本バルカー工業と資本提携し、環境配慮製品販売では、京セラと連携を図っています。
ユニクロ
ユニクロはカジュアルウェアの販売店ですが、ダイナミックケイパビリティを高めるために以下のような取り組み実施しました。
・他社との技術提携
自社では持っていない技術や素材を持つ他社と提携し、高品質で低価格な商品を開発しました。たとえば、吸湿発熱素材「ヒートテック」は東レとの共同開発です。
・コンセプトの方向転換
単に服を売るだけではなく、「ライフウェア」というコンセプトで、人々の暮らしに役立つ服を提供することを目指しました。たとえば、「エアリズムマスク」は新型コロナウイルス感染症対策として開発された商品です。
Honda
Hondaは自動車メーカーですが、ダイナミックケイパビリティを高めるために以下のような取り組みを行いました。
・ソニーグループとの異業種提携
自動車とエレクトロニクスの分野でそれぞれ強みを持つ両社は、電気自動車(EV)の共同開発を行いました。ソニーは高性能なバッテリーやディスプレイなどの技術を提供し、Hondaは車体や走行性能などの技術を提供しました。
・既存の技術や強みを活かして作り上げることで新たな価値を想像
両社はそれぞれの技術や強みを組み合わせることで、従来のEVとは異なる新たな価値を創出しました。たとえば、EVの内装にはソニーの高画質ディスプレイが多数搭載され、運転中に映画やゲームなどを楽しめるのです。
まとめ
ダイナミックケイパビリティは企業が競争力を維持し、変化する環境に適応するための重要な概念です。理解し、実践するためにはオーディナリーケイパビリティとの関連性や、3つの要素である感知(センシング)、捕捉(シージング)、変容(トランスフォーミング)についての理解が求められます。移り変わりが激しいVUCA時代に生き残り、かつ成長するためにダイナミックケイパビリティの向上を意識しましょう。