美しく歩く、一人一人の美しい佇まいへ
皆さん、「人間拡張(Human Augmentation)」というワードをご存じですか?アスリートが過去の記録を塗り替えていくように、人間は少しずつ進化し、その能力を高めています。しかしその進化は世代交代と同じくらいゆっくりです。その能力を、テクノロジーの力で一気に進化させるのが「人間拡張」です。
京セラの研究開発本部フューチャーデザインラボでは、そんな人間の「○○したい」をかなえようと様々な研究を進めています。その中で生まれた「もっと美しく、ハツラツと歩きたい!」をかなえる「歩行センシング&コーチングシステム」を開発しているラボのメンバーに、開発のきっかけや狙いを聞いてみました。
目次
始まりは身近な人の健康課題から
ーー「Quality of life」という言葉は世の中によく聞きますが、今回のコンセプトは、まさに「Quality of walk」に関わりますね。まず、なぜwalkに着目したのか教えていただけませんか?
長友:最初のきっかけは、私の親族が健康促進のために食後にウォーキングを行っていたことです。そこで頑張りすぎてしまって、足の軟骨を減らし、膝関節症になってしまったので、まずウォーキングの質を上げた方が良いのではと思いました。そしてウォーキングの質を上げるためには、ウォーキングの状態を理解してもらう必要があると考えたのです。軟骨を減らすような悪い歩き方でたくさん歩いてはいけないと伝えたいと思ったのと、歩き方の状態を評価してフィードバックしてあげたいと思ったのが、始めたきっかけです。
ーー最初は歩き方そのものに専念して研究されたと思いますが、そこからだんだんと広がって、どのように今回の「女性の歩き方の印象」というテーマに至りましたか?そこには、どんなストーリーがあったのですか?
長友:きっかけは元本部長とワコールにつながりがあり、そのつながりから私たちの取り組みがワコールに伝わったことです。ワコールは見た目の美しさだけではなく、一人一人の動きとか、歩き方を個人それぞれの理想に近づけてあげたいという考えを持っていました。ワコールが求めていた美しい歩き方と、京セラの技術を合体させたら何かできないかという相談がワコールからあり、共同研究が始まりました。
なりたい自分になれる!一人一人の美しい佇まいへ
京セラ株式会社 フューチャーデザインラボ
Edwardoarata Yamamotomurakami
京セラ株式会社 フューチャーデザインラボ
金原 秀行
京セラ株式会社 フューチャーデザインラボ
KLINKIGT Martin
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ーー偶然なつながりから新たな価値創造に変わりましたね。次はちょっとシステムの話を聞かせてもらおうと思います。基本的なシステム構成を教えてください。
エド:一番シンプルな構成としては、3つのウェアラブルセンサ「イヤホン」、「ブレスレット」、「アンクレット」と、スマホだけです。3つのセンサでの高精度なセンシングにより、歩き方のセンシングと音声・視覚的なコーチングを繰り返すことで、日常での美しい歩き方を習得します。一人一人の美しい佇まいの理想像へと近づけるようにしました。「女性の歩き方の印象」については、ワコールの今までの知見を活かし、「しなやか」、「よろよろ」、「しゃきしゃき」、「ゆったり」といった4つのパターンに絞り、それぞれの特徴をまとめました。
ーー全身の歩き方のセンシングをするのに、様々なアプローチがありますよね。例えばモーションキャプチャーとか、インソールセンサとか、ソリューションはいっぱいありますけど、それらとの違いは何ですか?
エド:多くのソリューションは、スタジオに行ったり、ランニングをしたりする時でないと測定できません。今回のシステムは、いつでもどこでもセンシングが可能となり、イヤホン型センサから音声コーチングもタイムリーに入ります。また、ウォーキングした後にスマホで自分の歩き方を確認できる「視覚的なコーチング」も大きな特徴です。他のシステムの場合、計測はできますが、後で結果を見て直そうと思っても、正しく直せたかどうか分かりませんね。
ーー3つのセンサの付け方ですが、体のどちら側でも大丈夫ですか?
金原:片側に付けています。基本は全部左側にしています。皆さんのスマホにも入っているようなセンサです。基本的に歩行をセンシングするのですが、まず足の衝撃から一歩一歩のデータを取ってから区分化します。区分化した後に1歩行としてどのような特徴量があるのか、特徴量の組み合わせで印象を評価するのが一つです。もう一つは1歩行区間における、センサの時系列データです。センサの形についていろいろな組み合わせがありますが、その組み合わせから全身の歩行や、歩行の姿勢の動きを推定します。それぞれの時系列データのパターンマッチングをさせるという、別の機械学習アルゴリズムを使うことによって、たった3つのセンサだけでも、全身の歩行を推定できます。
ーー歩き方をセンシングした後の「視覚的なコーチング」は具体的にどんなものですか?
Martin:センシングデータからアニメーションを作り、ユーザーはウォーキングした後(歩きスマホを防ぐため)にスマホから確認できます。ウォーキング後は、自分がどのように歩いていたか忘れているかもしれませんが、自分の歩行のアニメーションを見ながら印象評価の結果を確認することで、高い納得感が得られ、フィードバックの効果が向上すると期待しています。
ーー確かにCG動画で自分の動きを確認できるのが良いですね。
Martin:Transformerと呼ばれるend-to-end のAIモデルを使用してCGを作製しています。このモデルは、入力センサからインプットされる時系列のデータをアバターの動きに関する時系列のデータに変換します。このend-to-endのモデルを使うことにより、センサを付けてない側の体の動きも高度なアニメーションで再現することができます(私たちのシステムは基本全部センサを体の左側に付けています)。つまり、右側のアニメーションは左側の反射ではなく、実際の体の右側の動きを再現しています。それによって左肩と右肩の動きの違いを確認することができます。私たちのシステムは体幹にセンサを付けないため、例えば猫背の姿勢の推定など、難しいこともありますが、これらも今後は試していきたいです。
地道なデータ収集(人間 with AI)
ーーこれって結構多くのサンプルデータが必要ですよね、だいたいどれくらいのデータを取られましたか?
宝珠山:姿勢を推定するAIと、歩行の印象を評価するAIの二つがあって、姿勢推定については20人以上、印象評価については200人以上のデータを取っています。姿勢推定のデータは専用のスタジオで全身にモーションキャプチャーを付けて歩いてもらいました。印象評価のデータは、ワコールで集めた実験参加者の方の身体に3つのセンサを付けて、2回ずつ歩いてもらってデータを取りました。
ーーあとセンサ自体の揺らぎはデータ収集の精度に影響してこないですか?
西田:多少の誤差を吸収できる補正アルゴリズムが入っています。センサの傾きや角度を計算する時には積分計算し、積分するとどんどん誤差が蓄積していくため、計測時間が長くなるにつれて誤差が大きくなっていきますが、歩行中の立ち止まったタイミングで、止まっていることを活用したデータの補正を行っています。
後藤:普段の生活の中で使っていただく場合など、センサの装着状態を我々が管理できない環境においては、体に対して様々な向きで装着されることが考えられます。センサの装着方向がバラついても、アニメーションの推定を行えるようにセンサデータを補正するアルゴリズムも実装しています。
京セラ株式会社 フューチャーデザインラボ
西田 尚樹
京セラ株式会社 フューチャーデザインラボ
後藤 巴哉
京セラ株式会社 フューチャーデザインラボ
有村 汐里
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ーー開発中に何が一番大変でしたか?
有村:ワコールが数百人の歩行に対して、数十の評価項目を複数人で5段階評価を行ったデータがありました。複数人が主観評価で採点したデータなので、機械学習のデータにするための作業が大変でしたね。特に、5段階で1や5は付けにくいから、データが3に寄りがちでした。
ーーなるほど。人間の評価をいかにコンピュータが分かるようにするのが一番大変ということですね。
有村:ワコールから共有いただいた歩行印象を表現する特徴を、センサデータでどう表現するかを考えるのにも、とても苦労しました。センサデータの組み合わせを何パターンも繰り返し試し、特徴量を定式化しました。
美しい歩き方をもっと世の中に広げたい
ーー今後もしばらくデータを積み重ねるために、実証実験を続けていく予定ですか?
岸:そうです。データ採取を続けながら、実際に店舗に展開して、来店されたお客様に体験してもらうなど、先ほどお話ししたサービスにより近づけていきます。
ーーQuality of walkのこの「美しく歩く」のコンセプトを、今後ビジネスとしてはどういう展開をしていきたいですか?
岸:まずは、自分自身が普段歩いて、良くないときはどのように直したらいいのか?常に直してもらえると、いつかは身につくと考えています。自分自身を知るきっかけとなって、変えるきっかけにもなる、そして最後にはなりたい自分になれるという体験を提供し続けていきたいと考えています。
ーーこのシステムをどこかで体験できたりしますか?是非「体験したい!」という方がおられるかもしれないので、あれば教えてください。
岸:現在(2023年3月)は東京の百貨店内の店舗で実施しています。4月に横浜にも展開して行く予定ですので、時期が近づいてきたら改めて告知します。体験したい方はぜひ足を運んでみてください。
体験会開催日時・場所
上記の体験イベントが終了致しました。
たくさんのご来場ありがとうございました。
編集部より
自分を客観視することってなかなかできないですよね。まるで幽体離脱のような形で、自分の歩き方を確認できるなんて不思議な気分ですね。人間は2本足で歩くことによって、手が自由になり、そして知能も発達しました。2本足で歩くことは人間らしさの象徴の一つであり、さらに歩き方はその人らしさを表すことなっているかもしれません。なりたい自分になったから颯爽と歩けるのか、颯爽と歩いているとなりたい自分になれるのか、まずはご自身がどんな風に歩いているのか、覗いてみませんか。そしていつまでも健康でかっこよく歩けることを支援できれば良いなと思いました。