医療革新の最前線:遠隔医療が切り拓く新時代
医療のデジタル化が加速する中、遠隔医療は医療サービスの新たな提供形態として注目を集めています。遠隔医療とは、ICTを活用して遠隔地に住む人々にも医療サービスを提供するもので、医師の診察や医療相談、健康状態のモニタリング、医療機関間の連携など、さまざまなサービスがあります。まさに、「時間」や「距離」に縛られずに受けられる、新しい時代の医療です。
この記事では、遠隔医療の現状と可能性について、最新の技術動向から実際の活用事例まで、詳しく解説していきます。
記事監修
明星 智洋
江戸川病院副院長。遠隔診療や栄養、人工知能、職場の環境改善など幅広い領域で、橋渡しをおこなっている。『医療4.0』では日本の医療革新に関わる医師30人に選出。
テレビ朝日系『たけしの健康エンターテインメント! みんなの家庭の医学』などメディア出演多数。最近では映画『はたらく細胞』の医療監修を務めている。
目次
遠隔医療が必要とされる背景とそのメリット
新型コロナウイルス感染症の流行によって、私たちの医療へのアクセス方法は大きく変わり、遠隔医療はこれまで以上に注目されるようになりました。このような背景を踏まえて、遠隔医療のメリットは次のような点が挙げられます。
感染リスクの低減
新型コロナウイルスだけでなく、インフルエンザなどの感染症でも同様ですが、遠隔医療はそもそも非対面での診療であるため、医療従事者や来院者を含めた院内での感染リスクを最小限に抑えることができます。
医療資源格差の解消
医師が都市部に集中し、地方や離島、へき地では医師や専門医が不足しているため、地域ごとの医療レベルに格差が生じています。特に、救急や産科といった特定の診療科では、その差が顕著です。
しかし、遠隔医療を活用することで、こうした地理的な制約を乗り越えて専門的な医療サービスを提供することが可能になります。これにより、離島やへき地に住む患者が都市部の医師や専門医の診療を受けられるようになり、地域間の医療格差の解消に繋がります。
通院負担の低減
日本では、65歳以上の高齢者人口が総人口の約3割となり、慢性疾患の管理や在宅医療のニーズが急速に高まっています。特に独居高齢者の増加により、日常的な健康管理の支援体制の構築が求められています。
遠隔医療により、自宅にいながら専門的な医療支援を受けられるため、通院が難しい患者や軽度の患者の診療といった多様なニーズに応えるだけでなく、移動時間や交通費など、通院に伴う物理的・金銭的な負担も削減できます。さらには、感染症流行時の院内感染リスクも軽減できます。
医療費の削減
高齢化の進展による慢性疾患患者の増加と、高額な医療技術・新薬の普及により、医療費が増大しています。
遠隔医療を活用することで、患者の健康状態を日常的に把握でき、異常の早期発見と迅速な対応が可能になります。これにより、慢性疾患の管理や健康維持がデータに基づいて継続的に行え、高齢者の入院期間の短縮や再入院の防止が進み、医療費の削減が期待されます。
遠隔医療の主要形態と必要な技術
遠隔医療の主要形態には、オンライン診療とリモートモニタリングがあります。
オンライン診療には、主に2つの形態があります。1つは、医師が患者を直接診察するDtoP(Doctor to Patient)で、もう1つは、医師同士が専門的な知見を共有するDtoD(Doctor to Doctor)です。DtoPは慢性疾患の経過観察や軽症の初診などで活用される一方、DtoDは専門医による診断支援や手術の遠隔指導などに用いられています。
オンライン診療では、インターネットを通じてビデオ通話を用い、医師は患者の症状を画像や音声で確認し、必要に応じて処方箋を発行することも可能です。この形態は特に、皮膚科や精神科、生活習慣病の管理などで有効とされています。
リモートモニタリングでは、患者が自宅で測定した血圧や心拍数、血糖値などの生体情報を医療機関に送信することにより、医師は患者の健康状態を継続的に把握できるようになり、異常があれば早期に対応できます。最近では、そのためのウェアラブルデバイスやIoTセンサが開発されています。具体例として、慢性疾患患者の体重や心拍をリアルタイムにリモートモニタリングし、重症化の予防を図る取り組みがあります。また、糖尿病患者の血糖値を遠隔で管理し、インスリン投与量の調整を行うケースも増えています。


このような遠隔医療の実現には、以下の先端技術が不可欠です。
・5G通信:遠隔医療では、医師・患者双方のより高精細な画像や膨大なバイタルデータなどの送受信が必要なため、高速で大容量のデータ通信が可能な5G通信技術は不可欠です。高解像度カメラと5G通信技術を組み合わせることによって、リアルタイムで高品質な映像やデータのやり取りを実現し、専門医が遠隔地の手術をリアルタイムで支援することも可能となります。さらに、モーションセンサを用いて、患者のリハビリ状況を遠隔で評価し、適切な指導を行う事例も増えています。
・AI(人工知能):AIは医療データの分析や診断支援に活用されています。特に、AIを用いた画像診断では、膨大な医療画像から疾患を高精度で検出することが可能になり、医師の負担が軽減されるとともに、診断精度の向上に寄与します。
・IoTセンサとウェアラブルデバイス:これらは心拍数や血圧、血糖値などを常時モニタリングし、データをクラウド経由で医療機関に送信し、リアルタイムで情報を医療従事者に提供することで、患者の異常をいち早く検知して重症化を防ぐことができます。重症化していなくても、ウェアラブルデバイスによって日常の健康データを収集し、健康増進に役立てられます。
医療DXを支える京セラ
“共に生きる(LIVING TOGETHER)” 京セラグループは事業活動を通じて社会課題を解決し、持続可能な社会の実現を目指しています。
近年、医療機関は、人手不足や労働環境の改善、災害時の対応など、さまざまな課題を抱えています。これらの課題に対して、医療分野でのDXを通じたサービスの効率化や質の向上が求められています。このような背景から、ITを活用した「医療サービスの質向上」「医療従事者の業務効率化」「患者様の利便性向上」を目的とした医療のDX、「スマートホスピタル」の必要性が高まっています。
遠隔医療の実践例
医師が患者を直接診察するDtoP(Doctor to Patient)の事例として、「山口県立総合医療センターへき地医療支援センター」が挙げられます。同センターでは、離島の巡回診療において、悪天候で医師が出張できない場合の代替手段としてオンライン診療を導入しています。自分でパソコンやスマートフォン等を操作してオンライン診療を受けられない患者については、その操作自体を補助する支援者が付き、D to P with オンライン診療支援者の形で実施しているため、IT操作を得意としない高齢者などには非常にメリットのある仕組みです。
詳細はこちら:
山口県立総合医療センター/へき地医療支援部(へき地医療支援センター)/オンライン診療
長崎県では、専門医が少ない離島の基幹病院の医師が、遠隔地の専門医からオンラインで支援を受け、専門的な診療を行うDtoD(Doctor to Doctor)の取り組みが行われています。これにより、患者は大きな移動をすることなく、高度な医療を受けることが可能になります。
実際に、離島に住む脳腫瘍のお子さんがDtoDの活用により治療の機会を得た事例も報告されています。これまでは遠隔地にいる患者が都心の専門医に治療を受けることは困難でしたが、遠隔医療によって、専門の医師が東京にいながらであっても現地の医師と連携して治療を行うことができ、患者はもちろん、医師にとってもより良い医療サービスを提供できるようになりました。

遠隔医療の市場動向と法的・倫理的側面
遠隔医療市場は世界的に急成長を遂げています。グローバル市場では、2028年までに約2900億ドルに達する見込みであり、年平均成長率は20%以上と予測されています。市場拡大の要因としては、技術の進歩、社会的ニーズの高まり、政策的な支援が挙げられます。一方で、普及には法的・倫理的側面への対応が急務です。
1)法的側面
法的側面では、日本の医師法第20条が無診察診療の禁止を規定していますが、オンライン診療の重要性から規制が緩和されています。厚生労働省は「オンライン診療の適切な実施に関する指針」にて、オンライン診療の適切な運用を促進するためのガイドラインを定めています。また、国際的な法規制との違いも考慮する必要があり、グローバルな遠隔医療サービスを展開する場合、各国の法規制や医療制度に適合することが求められます。
2)倫理的側面
倫理的側面では、遠隔医療において、電子的な情報のやり取りが発生する性質上、個人情報の漏洩リスクが高まり、導入にはセキュリティ上安全な通信手段やデータ管理システムを取り入れる必要があります。また、対面医療と比較して患者の健康状態を正確に把握できない場合があるため、医師の責任範囲・診療範囲も明確に定義させなければなりません。
遠隔医療の今後の展望
遠隔医療の今後の展望は明るく、技術革新や多職種連携の進展によりその可能性は着実に広がっており、特にデジタル技術の発展によって最先端かつ効果的な医療サービスが可能になります。
技術の進化による可能性の拡大
技術の進化により、5GやAI、センサ技術が進歩し、信頼性の高い遠隔医療が実現します。特に、「非接触バイタルモニタリング」などの新しい技術では、ミリ波を活用することでデバイスを装着することなく、患者の健康状態をモニタリングできるため、プライバシーが守られ、より快適に医療を受けることが可能です。また、リアルタイムでのバイタルデータ分析を始めとして、AIによる疾病測定や重症化の予測が進み、患者一人ひとりに最適な個別化医療が進んでいきます。
多職種連携の強化
これまで医師、看護師、リハビリスタッフ、栄養士など、多職種が連携できるのは、病院などの限られた場所しかありませんでしたが、今後は様々な専門性を有する人たちが遠隔であっても連携することが可能になるため、包括的なケアを提供することができるようになります。
グローバルな医療ネットワークの構築
国境を越えた医療支援や情報共有が進み、世界規模で医療資源を活用する時代が到来します。例えば、日本から遠く離れた地域にいても、日本人医師による診察がスマホで受けられるようなことも可能になるでしょう。
より仕組みが整えば、AIとロボットが連携する未来、自宅のリビングにいながら、専門医による診察を受けたり、最新技術を活用した遠隔手術が行われたり――。そんな日常が、もう手の届くところに来ています。

この未来を実現するためには、技術の進歩だけでなく、私たち一人ひとりの理解と関心も欠かせません。これからの医療の進化に期待しながら、自分自身や家族の健康を守るために、遠隔医療が私たちの生活にどう役立つのかをこの機会に考えてみませんか?
未来はいつだって、あなたを待っています。