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MYPAGE
PROJECT STORY 01
グローバルなデジタル
印刷普及に向かって
英知を結集
OUTLINE
捺染の変革を目指して
技術の粋を集めた新製品開発へ
近年、印刷分野においてはデザインや原稿ごとに必要であった製版を要しないデジタル印刷が主流になりつつある。インクジェット方式をはじめとするデジタル印刷は従来のアナログ印刷に比べて小ロット・短納期を可能にするなど生産の無駄が少なく、また製版洗浄のための廃液が発生せず環境汚染を低減できるのが大きな特長。衣服や食品包装、住宅建材などの商業印刷でも急速な広がりを見せている。 京セラがこの商業用デジタル印刷の品質向上に向けて開発を続けているのが、印刷機械のコア部品であるインクジェットプリントヘッドだ。2022年には布に色や柄を印刷する捺染(なっせん)で、これまでの当社製品にはない画質・信頼性・生産性を実現するプリントヘッド「KJ4B-EX600」の製品化に成功した。同製品はどのような経緯で、いかにして誕生したのか。完成に至る重要な開発工程に携わった4名の技術者の挑戦を追った。
MOVIE
MEMBER PROFILE
設計開発(プロジェクトリーダー)
芳村
要素技術開発
穂積
アクチュエーター開発
中村
評価技術開発
有木
※この記事は2023年当時の内容です
捺染界に新風を吹き込む
新製品の市場投入へ走り出す
入社以来インクジェットプリントヘッド(以下、プリントヘッド)の設計開発に勤しんでいた芳村に、ある時、一つの疑問が浮かんだ。
「環境意識への高まりと共に、製造業からは少量多品種に対応ができて無駄を省き、その中で利益を残せる機器が求められている。一方で、印刷業界は大量生産に向いたアナログ印刷が主流で、デジタル化が進んでいない。産業用インクジェット市場を牽引した京セラとしてできることは無いだろうか?」
捺染用プリントヘッド有力メーカーの一つである京セラの開発者として、デジタル捺染の一定ニーズは絶えないものの業界全体の中での普及の伸び悩みを静観しているような状況に忸怩たる思いを抱いた。芳村はデジタル印刷の普及拡大を視野に、新たなプリントヘッドの開発と市場投入を着想。新製品の可能性や課題を探ろうと、欧州や中国ほか捺染工程を行う海外の主要国へ次々と足を運んだ。語学は決して得意ではなかったが、お客様である各国の印刷機械メーカーへのヒアリングを重ね、また慣れないマーケティングの勉強にも力を入れて市場動向を調べた。
「結果として、従来よりも吐出特性を向上させ、ロバスト性の高いプリントヘッドに可能性があることがわかりました。 ヘッドの吐出特性を向上させることで、生産性が上がるんです。もちろん、高画質で綺麗に印刷できることは大前提。これを実現すれば京セラの新たなフラッグシップ製品になり、捺染市場に新たな歴史を刻むことになるのでは、と一気に意気が上がりました」と芳村は話す。
こうして2018年、かつてないインクジェットプリントヘッド開発を目指す新プロジェクトがスタートした。
開発の重要テーマとなった二つの技術
それぞれのスペシャリストが力を発揮
芳村が設計する新製品を完成させるための重要なテーマになったのが、プリントヘッドの心臓部に当たる「アクチュエーター」の開発である。アクチュエーターは圧電による変形を利用してプリントヘッド内のインクに圧力を加えて吐出させる部品で、厚みがわずか40ミクロン、髪の毛の半分ほどという極薄のもの。ファインセラミックスを材料としたこの部品の吐出面積を従来比で約12倍の大きさにし、1秒間に40,000回、約1億240万滴という高速印字ができるようにする目標が掲げられた。芳村はこのデバイス開発に対して、インク流路の設計を要素技術に長けた穂積に依頼し、アクチュエータの開発をセラミックス成形全般に詳しい中村に委ねた。
中村は当時の開発の苦労を次のように振り返る。
アクチュエーターのサイズを大きくすると形状・特性を均一にするのが困難になります。セラミックスの形状・特性を決定する重要工程の一つが焼成なので、その一つひとつをさまざまな温度設定で焼いてみて形状保持と特性の両立を図る実験を何度も繰り返しました。結局、仕上げるまでに1年以上はかかったと思います。
さらに、目標に置いた高画質を達成するには、プリントヘッドから吐出されるインクがくっきりと布に印刷されているかどうかを検証しなければならない。印刷の鮮明度を計る新たな評価技術が必要となり、同分野に関する豊富な知見を持つ有木が招集された。
プリントヘッドには数千個ものインクの吐出口があって、それぞれ高速で最適な液滴ができているかを確認するのはこれまで不可能に近いことでした。今回はインクの出方を高精細に映し出す新しい装置を開発し、何とか評価できるようにしました。評価装置とプリントヘッド両方の高度な機械知識を要するなかなか厳しい挑戦でしたが、この装置と技術を応用すれば今後も評価時間を短縮でき、人の感覚に頼った画質のよし悪しを数値で示せるようになります。不要なインク吐出の様子もわかるので、それを原因とする印刷機の故障を防ぐことにも役立つんです。
画期的な評価技術開発を成し遂げた有木が胸を張ってそう話す。
世界中の好評を得て製品出荷も急伸長
開発メンバーの思いが現実に
プロジェクト開始から4年を経た2022年。途中、コロナ禍による約2年の開発停滞期間があったが、目標通りの性能を発揮する新インクジェットプリントヘッド「KJ4B-EX600」がついに完成した。この新デバイスは市場に送り出されるや世界中のプリンタメーカーから支持を受け、当初想定をはるかに超える導入要望が京セラに寄せられている。プロジェクトを振り返り、芳村をはじめ4名の開発メンバーが今の思いを次のように語った。
芳村:着想から完成まで、かなり長い時間がかかってしまいましたが、この製品をきっかけに必ず捺染のデジタル化率が上がり、また京セラ製プリントヘッドの新たな10年が始まると考えています。製品の方向性を決めるために各国を飛び回って感じたのは、国ごとのニーズにはまだまだ違いがあり、開発の余地がたくさんあること。次の開発でもさらに世界を変えていける製品づくりを目指したいと思います。
中村:もともと自分が得意とする技術で臨んだ製品開発とはいえ、今回は採算性や製造負担、製品供給などを考える上でとても困難な時期がありました。焼成など基礎実験を繰り返す中で予想に反する良い結果が出て、そこに食らいついて徹底的に分析とメカニズム解析に集中したことが忘れられません。それゆえに、非常に思い入れの深い新製品になったと感じています。
有木:これまで難易度が高かった複数の要素を高精度に評価する技術を開発できたのは、今後の自分に向けて確たる自信になりました。評価結果が社内やお客様に渡って喜びの声を耳にするときもあり、やってよかった、と次へのモチベーションが高まっているこの頃です。京セラに対するお客様からのより一層の信頼を得る技術として、さらに進化させていきたいと考えています。
穂積:今回の新製品開発を通じて感じたのは、芳村さんの「捺染を変える」一念を軸に、メンバー同士が密に協力し合ったことが成功の秘訣だったと思います。画期的な新製品は上長からの指示だけでなく、技術者個々の自由な発想が融合して完成することをあらためて実感しました。これからも芳村さんを見習ってそのような環境、ものづくりをしっかりとサポートできる開発責任者でありたいと思っています。
京セラが保有する技術の粋を集めて開発した捺染用の新インクジェットプリントヘッド。
生まれたきっかけは、一人の若き技術者の大胆な発想と積極的な行動だ。そこに賛同したチームメンバーの力が集結し、目標実現への確かな道を拓いた。誰もやらないこと、道なき道への挑戦には失敗を恐れず突き進む勇気がいる。しかし、誰かのため、社会のためを思い一歩踏み出す時、そこには思いに賛同しともに進んでくれる仲間がいる。一人では難しくても、仲間と一緒なら、できるわけないは超えられる。そんな魅力が京セラの中にはあふれている。